悪道の土人形(あくどうのつちにんぎょう) その4~竹丸、極悪ぶりに憤怒する~
分からないことだらけなので整理するため若殿に
「ということは、藤原被騙が心の病でおかしくなって、娘が死んだのを忘れて三年前、阿狗趣に嫁にやったんですか?
で、阿狗趣は持参金や嫁入り道具、その後の月々の贈り物目当てに、いもしない妻がいるフリをずっとしてたんですか?
『二年前には子まで産まれた』のは藤原被騙の妄想ですか?
で、めんどくさくなったので、一週間前に駆け落ちしていなくなったことにしたんですか?
そう言えば阿狗趣の使用人も『見たことない』って言ってましたし、ホントに藤原被騙の娘と孫はいなかったんですかね~~~?」
隣を歩く若殿が顎に指を当て考え込みながら
「お前が厠へ行く途中、何か気になったものがあったか?」
ウウンと首を横に振り
「別に!変な物はありませんでした。
ええっと、洗濯物が干してあったのと、雑草が伸び放題だったのと、木の枝が伸び放題で手入れされてないなとか、土人形が雑草の中に落ちてたり、とにかく全体的に雑然としてましたね。
北の対や主殿は格子が閉まって中が見えなかったです。」
若殿の目がキラっと光り
「干してある洗濯ものの中に、丈の短い小袖は無かったか?」
「あっ!そういえば、大人用の紅い袴っ!がありましたっ!!
草木色とかの地味な色合いの衣の中で目立ってましたっ!!
丈の短い衣は覚えてませんっ!!」
若殿がハッ!と何かをひらめいたように瞳を輝かせ、その直後すぐ眉間にしわを寄せ緊張した表情になり
「急ぐぞっ!母子の命が危ないっ!!竹丸っ!弾正台で巌谷を呼び出し、馬で阿狗趣の屋敷に向えっ!!
私も家から馬を引き出してすぐに向うっ!」
ちょうど朱雀大路の北端、もう少しで大内裏というところだったので、私は急いで走って大内裏に駆け込んだ。
その後、我々は弾正台の巌谷と役人数名、若殿とそろって阿狗趣の屋敷に乗り込み、塗籠に軟禁されていた藤原被騙の娘・牲子と二歳ぐらいの息子を救出した。
二人はこの一週間、最低限の水と食料しか与えられていなかったらしく、ぐったりと横たわったままピクリともせず、微かに息をしている他はほとんど死人のように見えた。
紅い緋袴は今、宮廷の女房の間ではやってる紅花染めの派手で高級な袴で、大奥様も数着持ってる。
流行に敏感な貴族の娘たちはこぞって欲しがる衣なので、牲子も持ってたみたい。
というより藤原被騙が娘のために送ったのかも。
それが洗濯して干してあるってことは、藤原被騙の妄想ではなく牲子が嫁いで阿狗趣の屋敷にいた証拠。
庭に落ちてた馬の土人形や、私が廊下で踏んだ猫の土人形は、玩具が与えられた子がいる証拠だと考えて、若殿は牲子がまだ生きてる方に賭けた。
牲子と子を救出し塗籠から連れ出した時、阿狗趣は暴れたけど役人たちに捕らえられ、すぐに獄に連行された。
後日、取り調べを終えた巌谷が関白邸で若殿に詳しく話をしてるところに居合わせた。
巌谷によると、阿狗趣は極悪人ながら、わずかな情が残っていたらしく、妻子を自らの手で直接殺害するのを躊躇い、一週間前から牲子と子をほぼ絶食させ、ゆっくりと殺すつもりだった。
財産目当てに藤原被騙の屋敷に侍女として妹を送り込み、自分の良い評判を藤原被騙に聞かせて好印象を植え付けたあと、娘を娶りたいと申し出て妻にした。
阿狗趣の妹はその後
『舅が娘のために嫁ぎ先に月々の贈り物を送ることは当然』
と藤原被騙に吹き込んだ。
藤原被騙が阿狗趣を怪しみ、娘と会わせろと騒ぎ立てるまでは上手くいってたが、ついに娘の消息を調べるように依頼した文をあちこちに出すようになってしまい、その一通が頭中将宛てだった。
ここまで聞いて、解決しきれない疑問が湧き、思わず巌谷に質問する。
「どうして阿狗趣は妻子を殺す必要があったんですか?
大人しく里帰りさせていれば藤原被騙からうるさく言われなくて済んだでしょう?」
巌谷は不愉快そうに口をへの字に曲げ
「牲子と息子の身体には虐待された痕跡があった。
藤原被騙の元に帰せば二度と戻ってこないことを阿狗趣は分かっていたんだろう。
虐待が原因で妻子に逃げられたと噂が広まれば、あちこちの屋敷から注文を受けることで成り立っていた左官の仕事が減り、生活が立ち行かなくなると思ったんだろう。
間男と駆け落ちして逃げられた夫であるほうが、虐待で妻子を追い出した夫より、仕事に影響しないだろうからな。」
「そもそもなぜ、藤原被騙の財産を狙ったんですか?普通に左官の仕事をしてれば生活できたんでしょう?」
「賭博で莫大な借金があったらしい。藤原被騙から引っ張った贈り物は売り払い、全て借金返済にあてていたが、まだ足りなかった。」
賭博!!からの借金!!
ハマったら絶~~~~っ対っ確実にっ!不幸になる沼だっ!!
挙句は殺人未遂っっ!!
お手本のような鬼畜っっ!!
「阿狗趣は極悪人ですねっ!!救出が間に合ってよかったですっ!!それに妹もひどいっ!!藤原被騙が心の病でおかしくなったと嘘ついて私たちを追い払ったんですからっ!
温かい血が体内に一滴も流れてない土人形みたいな極悪鬼畜兄妹ですっっ!!」
鼻息を荒くして怒りに燃えていると、若殿が
「確かに悪逆非道な鬼どもだが、改心する余地はあるかもしれない。
お前が庭で見つけた土人形は色が黄色っぽく、表面がザラザラしてただろ?」
思い出して、そうだったのでウンと頷く。
「なら、あれは漆喰で作った漆喰人形だ。
左官の仕事で貴族の屋敷の壁を塗ったあと、余った漆喰で手作りしたんだろう。
漆喰は手に触れるとかぶれたり、完全に乾かすのに一週間以上はかかる、面倒な素材だ。
少しの愛情も持たない者に対して、それほど煩わしい手間をかけるだろうか?」
ポツリと呟いた。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
陶器の土人形と違って、漆喰はアルカリ性なので、完全に乾けば無害だとしても、子供の玩具には本来は向かない素材です!
時平と浄見の物語は「少女・浄見 (しょうじょ・きよみ)」に書いております。