悪道の土人形(あくどうのつちにんぎょう) その3~竹丸、依頼者の証言に疑心をいだく~
私が
「それに、一週間前に使用人を入れ替えたなんて怪しいですよっ!
確かめなくていいんですかっ??!!
屋敷に押し入って、血痕や凶器を探すとか、捕まえて尋問するとかっ!!
殺人鬼を放っておいたら逃げますよっ!!」
唾を飛ばして責め立てると、若殿は険しい表情のまま
「だが、今のところ殺人の証拠はない。
本当に駆け落ちかもしれない。
弟子の職人が一週間前に失踪した事実や、間男していたかを調べなければばならない。」
藤原被騙の屋敷に着くと、門を入るなり、ガラクタが山になって積んである。
割れた壺や皿、器などの陶器やその破片、釜や鍋、ボロボロの馬の鞍?や蹄鉄や壊れた鍬・鋤、割れた屋根瓦、朽ちた畳や朽ちた板、壊れた几帳や灯台といった調度品の骨組み、布の切れ端、など、とにかくゴミのようなものが山になってた。
枯れた背の高い雑草で地面は覆われ、歩ける場所は一筋しかないし、庭木は伸び放題。
なんとか狭い道を通って侍所へ到達し、声をかけると、中年の侍女がでてきて応対してくれ、頭中将の訪問を告げると、
「主ですか?今は体調がすぐれず、お会いできないかもしれませんが。」
若殿が不審そうに睨み付け
「とにかく報告したいことがあると伝えてください。長居はしません。」
それでも侍女は寂しそうに首を横に振り
「残念ながら、殿にお会いされても意味はありませんわ!
まともな会話もできないでしょう。
実のところ、もう長い間、主は心の病を患い、ひとりで夢想の中に暮らしているのです。
今がいつで、どの帝が即位していらっしゃるか、頭中将様が誰なのかなど、現在の自分の立場や身の回りの状況をきちんと把握していないのです。
いつも奥様と姫様がご存命だった頃のようにふるまっております。」
はぁ?
ってことは、ひとり娘はとっくに死んでたの?
じゃあ嫁にいったっていうあの文は何なのっ!!??
疑問で頭がいっぱい!!
若殿も難しい顔で
「でも、阿狗趣は『妻が一週間に失踪した』と言ってましたが、あれは嘘ですか?」
侍女が思い当たることがあるように
「あぁ!兄ですか?阿狗趣は私の兄なんです。
三年前に奥様と姫様を同時に流行り病で失くしたときには、藤原被騙はこの世の終わりのような、大変な嘆きようでした。
気の毒で見ていられないくらいの!!
そしてせめて娘だけは生きていて欲しい、と思ったんでしょう。
『牲子はまだ生きている』と言い出しました。
悲痛のあまり心の病を発症してしまったんですわ!
娘は生きていると信じ続け、嫁入り道具をそろえ、嫁に出すのを楽しみにしていました。
壁塗りの仕事を請け負った兄がこの屋敷を訪れた際、藤原被騙のその狂った姿を見て不憫に思い、姫様を妻として娶ったことにしたんです。
全て殿のためを思った、作り事ですわ!」
若殿の目がキラっと光り
「で、嫁入り道具・持参金のみならず月々、藤原被騙から娘に当てて送られてくる財物を、あなたの兄が着服したというワケですか?
あなたもその恩恵にあずかってるということですか?」
侍女はニヤニヤとうすら笑いを浮かべ
「まぁ!ご想像にお任せしますわ!
兄は詐欺の罪になりますの?
頭がおかしくなった藤原被騙が勝手に送り付けてきた財物を、兄は受け取っただけですのに?
返さなくてはいけませんの?」
えぇ~~~~???!!!
図々しいっ!!
心の病だからって人から財産を奪えば泥棒でしょ?!罪でしょっ!!!!
でも、贈り物?として受け取ったなら、強奪してないからいいの??!!
う~~~ん。
悩んでると、奥の主殿の方から
トンッヅットンッヅッ・・・
「おみつ、お客様かね?」
しわがれた声で話しかける男性が、足を引きずりながら廊下を渡ってきた。
ヨレヨレの狩衣は腰紐をせずダランと垂らして、髪の毛は一部分は結い上げているが、あちこちから後れ毛が落ちて、ほぼザンバラ。
灰色の髪には烏帽子をつけておらず、いい大人の貴族としては、かなりみっともない格好。
『狂人』と言われても信じてしまう雰囲気。
若殿が頭を軽く下げ、
「調べるようにご依頼される文を頂いた、藤原時平です。」
その六十前後の老人に見える藤原被騙はパッ!と顔を綻ばせ
「ああっ!!頭中将様っ!!調べていただきましたか?!!娘はどうなりましたかっ!!」
「阿狗趣が言うには、一週間前から行方不明だそうです。」
藤原被騙は怒りで顔を真っ赤にし、鼻息も荒く
「何っ!!ということは、ヤツはあの子を殺したという事かっ!!
終にっっ!!
邪魔になったあの子をっっ!!
何てことだっ!!!
あぁ~~~っっ!!あんな奴にっ!!あんなケダモノにっ!!
嫁にやるんじゃなかった~~~っっ!!」
うわぁ~~~っ!!!
と叫びながら、ヘナヘナと床に倒れ込み顔を臥せて泣きだした。
侍女がそばにしゃがみこんで、藤原被騙の背中をさすりながら
「大丈夫ですよ。姫様は元気でいらっしゃいます。もうすぐ帰っていらっしゃいますわ!」
若殿に向っては
「殿の体調がこれ以上悪くならないよう、今すぐ帰ってくださいませっ!!」
きつい声で言い放った。
渋々屋敷を後にし、我々は帰途についた。
(その4へつづく)