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悪道の土人形(あくどうのつちにんぎょう) その1~竹丸、娘を嫁がせる苦労に同情する~

【あらすじ:嫁にいった娘に会わせてもらえず、便りも途絶えたので調べてもらいたいという老貴族の依頼文に応えるため、調査に乗り出した時平様は、娘の嫁ぎ先で夫から塩対応を受けた。屋敷の捜索を頑固な夫が拒否すれば、無理やり押し入るしかないが、よっぽどの証拠が必要。時平様は今日も証言を慎重に吟味し、悪道跋扈を取り締まる!】

私の名前は竹丸(たけまる)

歳は十になったばかりだ。

平安の現在、宇多天皇の御代、日本で権勢随一を誇る(いちばんえらいひと)関白太政大臣・藤原基経(ふじわらもとつね)様の長男で蔵人頭(くろうどのとう)右近衛権中将うこのえごんのちゅうじょう藤原時平(ふじわらときひら)様に仕える侍従である。

 私の直の(あるじ)若殿(わかとの)・時平様はというと、何やら、六歳ぐらいの小さな姫に夢中。

宇多帝の別宅に訳アリで、隠し育てられている姫を溺愛していて、周囲に気づかれていないと思っているが、使用人はじめ母君・大奥様にもバレバレ。

若殿(わかとの)いわく「妹として可愛がっている」。

でも姫が(から)むと、はたから見てもみっともないくらい動揺する。

従者としては、たかが小さな女の子に振り回されてる姿はいかがなものか。

今回は、善悪の彼岸は結局、善いの?悪いの?どっち?というお話(?)・・・でもない気がします。

春だというのにムシムシと暑い日の午後、関白邸の侍所(さむらいどころ)でゴロゴロしてると、若殿(わかとの)が顔を出し


「出かけるぞ」


というのでお伴した。


路の端にある排水溝の雑草が先日の雨で二尺(60cm)を超える高さまで成長しているのに驚きながら、大路を歩き


「どこへ行くんですか?」


「これを読め」


手渡された文を広げて読む。


頭中将(とうのちゅうじょう)


数々の不可解な出来事を解決されたと聞き、不躾(ぶしつけ)ながらどうしても、解決していただきたいことがあり、文を差し上げることにしました。

私には三年前、縁あって、阿狗趣(あくしゅ)という壁塗り職人の親方のところへ嫁いだ娘がおります。

その娘からの、以前までは週に一度はあった文が、ひと月ほど前からパッタリ途絶えてしまったのです。

私は蔭位(おんい)による位階を拝受しておりますが、恥ずかしながら官職を得たことがございません。

しかし、荘園からの収入で、一人娘を幾ばくかの財物とともに嫁に出すことができ、その後も月に一度は、貴族の姫として暮らすのに充分な額の贈り物と銭を、夫である阿狗趣(あくしゅ)に送り届けておりました。

週に一度の娘からの近況報告の文と引き換えに、でございます。

しかし、その約束がここひと月は(とどこお)っているのです。

二年前には孫が産まれたことも娘からの文で知りました。

妻とは死別しておりましたので、実家に帰って出産させることもできず、娘の役には立ちませんでした。

それでも一度、孫の顔を見せに娘を里帰りさせてほしいと阿狗趣(あくしゅ)に頼んだこともありましたが拒否されました。

私は足が悪く長い距離を歩けず、牛車も馬も所有しておらず、遠い阿狗趣(あくしゅ)の屋敷を訪れることはままなりません。

阿狗趣(あくしゅ)に何度も


『娘の現状を知らせるように』


と催促の文を送っても、このひと月、一切返事が無く、もしや娘と孫はすでに阿狗趣(あくしゅ)に殺され、この世にいないのではないかと危惧しております。

どうか阿狗趣(あくしゅ)のところを訪ね、娘と孫の安否を確認していただきたいのです。

なにとぞ、無力な老父を哀れんで、死ぬ前に一度、娘と孫に会わせていただきたい。


藤原被騙(ふじわらひかた)


は?

なぜ若殿(わかとの)に頼むの?

頼める人が知り合いにいないの?


「で、いきなり阿狗趣(あくしゅ)の屋敷を訪ねるんですか?許可(アポ)なしで突然行ってもいいんですか?」


若殿(わかとの)は何でもないという風に


「以前から弾正台にも藤原被騙(ふじわらひかた)からの訴えの文が届いてたらしい。

昨日、巌谷(いわや)に話すと今日、『弾正台の役人・藤原平次』が訪問すると伝えてくれた。」


う~~~ん、ややこしいな。

藤原被騙(ふじわらひかた)頭中将(とうのちゅうじょう)に頼んだんだから頭中将(とうのちゅうじょう)として会えばいいんじゃないの?

でも顔を知らないから『頭中将(とうのちゅうじょう)』=『藤原平次』はバレないか。


高貴な身分は何かと大変なの?

下手こいたときに、妙な噂で大殿に迷惑がかかるとか?


阿狗趣(あくしゅ)の屋敷は京の南の端っこにあるから、大内裏からも関白邸からもかなり遠い。


到着するとさすがに左官職人の親方の屋敷らしく、むらなくツルツルに塗固められた土壁の塀が全体を囲ってた。

東門から入り、侍所(さむらいどころ)で訪問を知らせると、待ちかまえてたようなガッシリした体つきの不機嫌そうな中年男が妻戸を開いて姿を見せた。

暑いのに全ての格子が閉じられ、御簾をおろしてるので建物の中は見えない。


口の周りにゴワゴワの髭をはやした、ゴツゴツとした顔のその男が低い声でボソボソと


「どうぞ。お上がりください。」


沓脱(くつぬぎ)で沓を脱いでから上がる若殿(わかとの)に続いて、私も草履を脱いで廊下に上がると、


「イタッ!!」


気づかずに固いものを素足で踏んでしまった。


足の下にはいくつかの破片になった白っぽい黄色の何かが落ちてる。


何コレ?

土人形(低火力の素焼きに胡粉をかけて泥絵具で彩色をした人形)?

元は猫かな?

なぜこんなところに落ちてるの?


「ごめんなさいっ!壊したみたいですっ!」


男はそれを聞いてないかのように無反応。

仏頂面でドサッ!とそのまま廊下に座り込み、


「どうぞお座りください」


と目の前に座るように手で示し、若殿(わかとの)が座った。

私は若殿(わかとの)の後ろに座って控える。


若殿(わかとの)


阿狗趣(あくしゅ)さんですね?藤原被騙(ふじわらひかた)さんから訴えを受けた弾正台の藤原平次と申します。」


阿狗趣(あくしゅ)は腕を組んで、眉間に皺をよせ険しい顔つきで目をつむり不機嫌そうにボソボソと


「妻のことですか?実をいうと、一週間前に失踪しまして、私も探しておるところです。」


はぁ??!!

一週間も前に??!!

どーしてすぐ弾正台に届け出ないの??

行方不明?なのにほったらかし?


若殿(わかとの)が眉をひそめ


「お子さんも一緒ですか?ひと月前から便りがないと父君はおっしゃってましたが。

最後にあなたが見たのはいつ?」

(その2へつづく)


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