救済の思惟像(きゅうさいのしいぞう) その1~竹丸、長い話に居眠りする~
【あらすじ:画期的な診察方法を、不思議な方法で教わったと言い張る医師見習が、あらぬ疑いに困り果てて時平様に相談しにきた。突然死につながる病を未然に防ぐというけど、それ専用の道具無しにどうやって初期症状を見つけるの?私は今日も、苦しいことは、未来永劫、先延ばししたいっ!!】
私の名前は竹丸。
歳は十になったばかりだ。
平安の現在、宇多天皇の御代、日本で権勢随一を誇る関白太政大臣・藤原基経様の長男で蔵人頭兼右近衛権中将・藤原時平様に仕える侍従である。
私の直の主の若殿・時平様はというと、何やら、六歳ぐらいの小さな姫に夢中。
宇多帝の別宅に訳アリで、隠し育てられている姫を溺愛していて、周囲に気づかれていないと思っているが、使用人はじめ母君・大奥様にもバレバレ。
若殿いわく「妹として可愛がっている」。
でも姫が絡むと、はたから見てもみっともないくらい動揺する。
従者としては、たかが小さな女の子に振り回されてる姿はいかがなものか。
今回は、それさえあれば専用道具が無くても何とかなる!のが本当の知識?というお話(?)
満開の花が散り、地面に白い点描画を描く、桜の木を眺めてボンヤリしてたある春の午後のこと。
風が冷たい他は、ガンガン照りつける陽差しの強さに滅入りそうになっていると、弾正台の役人、巌谷が若殿を訪ねてきた。
巌谷は後ろに、三十代前半ぐらいの、水干・烏帽子姿の男性を連れている。
「若殿に取り次ぎます」
曹司へ向かい、若殿を呼び出し、東の対の出居へ巌谷とその男性を案内した。
若殿が現れ、巌谷とその隣に座る男性に向かい合った。
巌谷がそれを見計らって隣の男性を手で示し
「こちらは、医師見習の布袋どのです。
私の両親がいつもお世話になっている阿逸多先生に弟子として同行し、日々学ばれておられる方です。」
若殿が意外そうに眉を上げ
「そうですか。で、今日は私に何の御用ですか?」
巌谷が軽く頷いて促すと、布袋が口を開いた。
「実は、あらぬ疑いをかけられて困っております。
どうすれば疑いが晴れますか、お知恵を拝借したく存じまして、巌谷さんにご相談したところ、こちらの頭中将様が解決してくださるとお聞きし、まことに無作法ながら伺いました。」
う~~~~ん。
いい人そうだけどバカ丁寧だなぁ~~~~!!!
もっと、気軽にタメ口で相談しても多分、キレ散らかしたりしないよ??!!
・・・まぁ、『その態度、大人としてどうなの?』と少しは侮られるだろうけど。
若殿が承知したように頷くと、布袋が続ける。
「え~~、どこからお話すればいいか。
六年前、突然、母が胸を押さえて倒れたと思ったら、直後に急死いたしました。
それまで母と私はある貴族の使用人として仕えておりましたが、母の死をきっかけに、母のように突然死する人々を少しでも減らしたいと思い、一念発起し、阿逸多先生に弟子入りいたしました。
私的な施薬院を営まれている阿逸多先生は脈診(脈拍の強さやリズム、拍動の状態などを診て、病気の状態を把握する東洋医学の診断法)の名医であるとの評判があるからでございます。
阿逸多先生は、病がちの人々や老人を、症状が現れる前に定期的に診察し、健康状態を把握し、少しでも異常があれば薬を処方され、できるだけ未然に病を防ぐという評判でしたので、私の理想と一致しました。
そして、弟子入りして六年たち、おおよそ正確に脈が読めるようになったまでは良かったのですが・・・・・」
続けざまに切れ目のないひとり喋りを聞いてると、どうしようもなく眠くなってきて、本題に入る前にウトウトしてしまった。
・・・・眠い!
・・・・・・・・・・・
目をつぶってウトウト舟を漕いでいると、突然、
「よしっ!ではさっそく出かけましょう!」
という声にビクッ!として目が覚めた。
ハッ!と辺りを見回すと、若殿たちは立ち上がり始めてたので、私もヨダレを拭いて慌てて立ち上がる。
屋敷を出てどこかへ向かって歩き始めた三人に、意味も分からずついていくことにした。
若殿と布袋が並んで先頭を歩き、その後ろに巌谷と私がついていく。
路を歩きながら、たまらず、目の前を歩く巌谷の袖をクイクイ引っ張って振り向かせ、声をひそめて
「あのぉ~~、今どこへ向かってるんですか?居眠りしてて全然話を聞いてませんでした!」
巌谷も苦笑いして声をひそめ
「あぁ~~、長い話だったからな。
かいつまんで言うと、布袋は弥勒菩薩の御加護を受けて、診察した人々の病を予知する能力を身につけたってことだ。」
はぁ~~~???!!!
そんなスゴイ話してたのっっ??!!
くぅ~~~っっ!!!
ちゃんと聞いてればよかった~~~っっ!!
たっぷり後悔。
「もしかして、これからその『未来予知診察』をこの目で見られるんですか??!!」
興奮して唾を飛ばすと、巌谷は厳粛な顔つきでウンと頷いた。
何っっ??
何するのっ??!!
弥勒菩薩の加護って何??!!
期待で胸を躍らせながら足取りも軽く、若殿たちについていく。
でも『アレ?』と疑問が生じて、巌谷に
「布袋さんの『困りごと』って、結局、何なんですか?」
巌谷が真面目な顔つきで
「近頃、診察した老人が、診察の直後、三人立て続けに亡くなったんだ。
布袋どのが病を予知し、阿逸多先生がそれに応じて処方した薬を飲んだ直後だったから、『その薬に毒が入っていた』と口さがないことをいうヤツが現れてな。
その噂を打ち消すためにはどうすればいいかという相談だったが、頭中将どのは診察を直接見せて欲しいとのことで、こうなった。」
ふ~~~ん。
「『弥勒菩薩の御加護』ってどうやって授かったんですか?
修行ですか?百度参りですか?」
(その2へつづく)