名代の天邪鬼(みょうだいのあまのじゃく) その3~竹丸、天邪鬼の正体を知る~
几帳の向こうから低い唸り声がする。
「・・・っぅう゛う゛っっ・・・う゛う゛ううっっっ」
バサッ!!
何かが床に倒れた音がしたと思ったら、ガサガサと衣擦れの音がし、低い掠れ声で
「羽里子に変な話をするなっ!!また死にたくなるだろっ!!!」
えっっ??
几帳の向こうに羽里子の他に誰がいるのっっ??!!
いつからっ??!!
驚いてると、若殿が口の片端に微笑みを浮かべ落ち着いた声で
「あなたは天邪子ですね?
・・・羽里子の別人格の?
茶館に見初められ結婚させられると知ったとき、羽里子を守るために現れたんですね?」
低い掠れ声で
「そうだ。
機織り職人は裕福ではないし、食うに困らない茶館の妻になることは羽里子にとっても両親にとっても一番いい選択だった。
羽里子は
『気持ち悪い!生理的に無理っ!!耐えられない!』
と言って茶館との結婚を死ぬほど嫌がっていた。
そのままにすると本当に自殺しそうだったから、私が現れて助けた。
夜には彼女の代わりに私が茶館と同衾するから、朝になり羽里子に戻ると夜の出来事を忘れているのさ。」
ということは、羽里子の中に天邪子という人格がいる??!!
へぇ~~~!!
その人格が自分だと知らずに親友だと思ってたの?
ふ~~~ん!
死ぬほど嫌な事を強いられるという状況は気の毒。
でも羽里子は無意識ながらも、違う人格を作って、困難を乗り越えようとしてるってこと?なのは偉い。
人格が分裂することによる弊害が『物忘れ』ぐらいで済むなら、元に戻すより許容すべきなの?
そうじゃなければ羽里子が悲観して自殺してしまうかも!
若殿は茶館に全てを打ち明け、結婚生活を続けたいなら羽里子をそっとしておくことを勧めた。
茶館は真っ青になって悩んでたけど、よく考えると茶館は何も悪くない。
ただ十歳の少女・羽里子を好きになって、妻にしたいと望んだだけ。
非人道的・非道徳的というわけでもない。
ちゃんと十五になるまで待ったんだから!
ただ生理的に受け付けないほど嫌われただけ??!!
それはそれで可哀想!!!
若殿は帰り道、目を細めて夕日を見つめ
「今後、茶館は離婚を考えるかもしれないな。
・・・・羽里子のためを思うなら」
ボソッと呟いた。
日がすっかり沈みかけた頃、藤原邸に帰りつくと、庭で行われた『競べ弓(競射)』はすでに終わってたようで、雑色が片付けに動き回ってた。
主殿からは
「ガハハハハッ!次郎っ!よくやったぞ!
お前の弓の腕前には姫君たちもすっかり参っただろう!!
明日になれば結婚の申し込みが殺到するぞ~~っ!!
本当によくやった!ワシの面目を保ってくれた!お前は頼りになるやつだっ!!
ハハハハッ!!」
大殿のだみ声。
「いえいえっ!父上っ!当然のことをしたまでです!アハハハ!」
「いや~~!兄上はすごかったです!尊敬しましたっ!」
「叔父上、立派な従兄弟を持ち、私まで誇らしい気分です!私もこれからは修練を積みますっ!さぁ仲平っ!もっと飲んでっ!!ほんとにお前は大した奴だ!」
若々しい青年たちの活き活きとした話声が聞こえる。
楽しそうな様子に
「宴会でもしてるんでしょうか?次郎様が活躍されたみたいですね?ご馳走がいっぱいありそうですよね!!顔出さなくていいんですか?」
廊下を渡りながら若殿に話しかけると、主殿の方を見て立ち止まり、チラッと私を見て
「行きたいなら行ってこい。美味いものが食えるだろう。私は読まなければならない書がある。」
クルッと背を向け立ち去ろうとする。
若殿が出てれば、きっと一番になったはず!
と思うけど、現実的には、伊勢と付き合ったり、上流貴族の年頃の姫と結婚の手筈が整いそうな次郎様に比べて、だ~~~いぶ水をあけられている若殿が可哀想になった。
宴会に潜り込めばめったに食べられない美味しいものがあるかも!!
ヨダレが出そうだったけど
「別にいいです!そんなにお腹すいてませんし!」
若殿が振り向き、眉を上げ面白そうに
「何だ?やせ我慢か?」
ブンブンと首を横に振り
「将来はきっと次郎様より若殿の方が出世するって、自分の人生を賭けてますからっ!!」
ニヤッと笑い
「お前も立派な天邪鬼だな」
ポツリと呟いた。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
人格を変えるって、自分で制御可能なら『特技』ですけどねぇ。
時平と浄見の物語は「少女・浄見 (しょうじょ・きよみ)」に書いております。