名代の天邪鬼(みょうだいのあまのじゃく) その2~瓜子姫と天邪鬼そっくりの逸話を聞く~
少しの沈黙のあと、小さい声で
「あれは私がまだ十歳の頃でした。
外で遊んだあと家へ帰ると、父から
『あるお方がお前を見染めたから、お嫁にいくんだよ』
と言われました。
木に登って遊んでいたとき、下から見知らぬ男に見られていたのを思い出し、怖くなりました。
その次の日のことです。
我が家は両親が機織りをして生計を立てておりますので、私も小さいころに織り方を教わりました。
両親の留守に、私が機織りをしておりますと、戸の外から
『ねぇ、遊ぼうよ!』
と少女の声がします。
覚えたての機織りに夢中だった私は
『だめよ!忙しいの!』
と断りました。
『ねぇ、ここを開けて!指が一本入るぐらいでいいから!』
というので指一本分、戸を開けました。
すると
『ねぇ、もっと開けて!手が入るぐらいでいいから!』
というので、手が入るぐらい開けました。
すると
『ねぇ、頭が入るぐらいでいいから開けて!』
というので、
『知らない子を家の中に入れちゃいけないって言われてるの!機織り機を壊すかもしれないでしょ!織りあがった布を汚すかもしれないでしょ!』
でもその子は
『絶対そんなことはしない!外で一緒に遊びたいだけよ!』
というので、その言葉を信じた私は、頭が入るぐらい戸を開けました。
するとその子は家に入ってきて、私が止める隙も無いぐらい素早く、織りあがった布を泥だらけの手で触り、ぐちゃぐちゃにし、引き裂いたのです!!
汚いボロボロの衣を着た、全身泥だらけの汚れた子でした。
帰ってきた両親にこっぴどく叱られたのは私でしたけど。
その後も、遊びで木登りをしたり、川で泳いだりしてるとその子が現れました。
二人で遊ぶのは楽しい時もありましたけど、その子はいつも嘘をつき、時には渋柿を私に食べさせたり、私の持っていたおにぎりを奪って食べたりしました。
一緒に花輪を作って交換したり、縄跳びをしたり、悩みを相談したりしました。」
あれ?
逸話だけ聞くと『瓜子姫と天邪鬼』だけど?
大丈夫?
最終的に瓜子姫は天邪鬼に殺されるけど?
若殿が優しい声で
「親友なんですね?名前は?」
羽里子が
「天邪子と名乗りました。
そうしてついに、私の嫁入りの日が決まり、嫌で嫌で仕方が無かった私は、両親のいない所でひとりで泣いていますと、天邪子が現れました。
彼女は
『お嫁に行きたくないの?死にたいぐらい嫌なの?』
と聞くので、
『うん。このまま死んでしまいたい!』
と答えました。本当に死のうと思っていました。
すると天邪子は
『なら、私が変わってあげる!衣を交換しましょう?私があなたに成りすましてお嫁に行ってあげる!あなたはずっとここにいればいいわ!』
願ってもない申し出に、私は喜んで彼女と衣を交換したのです!
そして、天邪子が私の代わりに花嫁となって輿にのり嫁いでくれたのですっ!!!」
感動に震えたような上ずった声で言い終えた。
・・・・・ってこれで終わり?
『瓜子姫に成りすまして輿入れ』って、話だけ聞くと天邪子の正体は絶~~~~対っっ!天邪鬼!!でしょ??
で、その後は天邪鬼に殺された瓜子姫が鳥になって
『その輿にのってるのは瓜子姫じゃない!天邪鬼だ!』
って周りの人にバラしたんでしょ?
でもまぁ、お話と違って、羽里子は結婚を嫌がってたし、殺されてないし、最終的にはよかったね!ってこと?
若殿が眉をひそめ
「そしてあなたは昨年、ここへ嫁ぎ、茶館の妻となったというわけですね?」
「・・・・・・・・」
几帳の向こうで羽里子は押し黙った。
アレ?
よく考えれば、自分が死ぬほど嫌な相手に、親友を嫁がせるってひどくない?
それに、結婚相手の男性は羽里子を見染めたんでしょ?
見染めたのと別人の女子がきたら、フツー苦情つけるでしょ?
その辺は大丈夫だったのかな?
疑問は湧くけど、ピンと張り詰めた雰囲気。
言い出せる空気じゃないので黙ってる。
若殿が畳みかけるように
「天邪子の嫁ぎ先はどこですか?あなたが結婚を嫌がったという相手の名を教えてくれますか?」
「・・・・・・・」
「では、話を変えましょう。
茶館は優しくしてくれますか?彼とうまくいってますか?」
「・・・・・」
「あなたと茶館の夫婦生活はどうですか?
あなたは茶館に満足していますか?
茶館に愛されることに喜びを感じていますか?」
さっきから、随分立ち入った話を聞くなぁ~~~。
下世話な夫婦の営み?の話を聞きたがるなんて、若殿も健全な青年??!!
ってゆーか『いいお年頃』なんだなぁ~~~!
なんてしみじみしてると、几帳の向こうから低い唸り声が聞こえた。
(その3へつづく)