陰謀の施し(いんぼうのほどこし) その3~竹丸、陰謀と施薬は紙一重と知る~
若殿が首を横に振り
「枇杷の種には毒があるが、握り飯を包んだ程度の葉に毒は無い。」
う~~~~ん、じゃあ・・・・
ハッ!とひらめき
「わかりました!
毒にあたった人々は口々に、陰謀を企む『悪い公卿』が毒を盛ったと主張してますよね!
その『悪い公卿』は米の中に密かに毒を混入し、困窮者の中でも皮膚炎や血行不良の病人を狙って殺害しようとしたんです!
だって、私が炊き出しのおにぎりを食べようとすると断られましたしっ!!!」
若殿が眉をひそめ
「で、その『悪い公卿』というのは誰のことだ?まさか・・・・父上のことか?」
ブンブン首を横に振り
「いっ、いいえっ!!たとえ口が裂けても、お世話になってる、主である関白様に歯向かうようなことは、思っていても言えませんっ!!!」
焦った。
若殿は顎に指を添え少し考えこんだあと、
「二つほど確認したいことがある。竹丸、出かけるぞ!」
巌谷はハハッ!と背筋を伸ばし畏まったあと
「ではよろしくお願いいたしますっっ!!」
ペコッと頭を下げて、当たり前みたいに帰っていった。
若殿にお伴してまず訪れたのは、藤原名継の屋敷だった。
藤原名継は大殿の従兄弟の、今は亡き藤原常行殿の息子でパッとしない官位に甘んじてるが、もし大殿が出世争いに勝たなければ、今頃、若殿と立場が逆転だったかもしれない人。
出居で待たされてた若殿に対面した藤原名継は、こめかみをピクピク痙攣させながらも愛想笑いを浮かべようと必死で
「これはこれは!頭中将様!このようなむさくるしい場所へわざわざお運びくださるとは、畏れ多い事でございます!」
ヤケに卑屈な言い回し!
若殿もイラつく神経を抑えようと苦労してるように頬を歪め
「あなたが『公卿達が炊き出しに毒を盛った』という根も葉もない『陰謀論』を広めたんですね?
父を貶めようとして?
競売でも人々が反感を持つように操作しようとしたんでしょう?」
藤原名継は怒りでギラギラと眼を輝かせ、若殿を睨み付け
「だから何だっ!!お前の父は我が父上を貶めたっ!!そのせいで今の私はご覧の通りみじめな有様だっ!!現職の公卿達が利権に固執し腐りきってるのは周知の事実だろっ!!」
単に、出世競争に負けただけでは?
逆恨み?
まぁねぇ~~~気持ちは分からなくもない。
違う世界線があれば、今頃は若殿みたいなキラキラした出世有望貴族!!と思うと悔しくてやりきれないのかな?
でも、中下流貴族よりはよっぽど恵まれてるのに!
藤原名継の屋敷を後にした我々が次に向かったのは医師の興道験資の営む私的施薬院。
施薬院の建物の中の土間に並べてある長い椅子には十数人もの診察を待つ患者たちがいた。
雑色に案内されて土間との間を几帳で区切られてある高床に上がり、円座に座って待っていると、屏風で区切られた隣の房から興道験資と思われる初老の太った男性が出てきた。
萎え烏帽子に白い水干姿の、腹が出て、頬がぷっくり膨れた、いかにも人のよさそうなおじいさん。
「頭中将殿ですか?何の御用でしょう?」
雑色が差し出した盥で手を洗い、手巾で手を拭きながら興道験資が話しかけた。
興道験資が目の前に座るのを待ち、若殿が
「あなたが弟子の門部弟丸に命じた指示に落ち度があり、下痢する患者が頻発したことをどう考えていますか?」
興道験資がビックリしたようにたるんだ瞼を引き上げ、目を丸くした。
「はい?炊き出しの握り飯に落ち度があったと仰るのですか?」
「そうです。『脂ののった魚』とだけ指示したせいで、門部弟丸はバラムツのような、人の腸では消化できない脂(*作者注:ワックスエステル)を含んだ魚を買ってきてしまった。
皮膚炎や乾燥肌、血行不良や内出血など脂が不足するせいで生じる病を治療しようと患者を集め、炊き出しを提供したという、あなたの意図は分かりますが、門部弟丸への指示が不適切だった。
漁師は食べても少量で、あとは捨てるような問題のある魚を、脂が多ければいいと思った門部弟丸は安く仕入れてしまった。」
興道験資はふぅとため息を漏らし
「そうですか。私の責任ですな。貧しい人々は日ごろの食事に脂が足りないせいで、今仰った病に苦しんでいると考えたのです。
その症状を発症する人々が栄養不良で痩せ、肌に潤いがないことに気づいた私は、米だけでは何かが足りない、不足した栄養素は水の蒸発を防ぐ脂ではないかと推測したのです。
それを少しでも改善したいと思ったのですが、重篤な症状を引き起こしてしまったとなると、申し訳ない、全く不徳の致すところです。
しかし、あくまで治療するつもりでした。
門部弟丸にも決して悪意はありませんでした。」
若殿が興道験資を冷ややかに見つめつつ
「あなたが典薬寮を解雇されたのも、その、先進的な治療のせいでしょう?
あなたは自分の仮説を試すために、人々を実験体にしたのでは?
それが危険とみなされ、典薬寮を追い出されたんですね?」
興道験資は目をつぶり、物思いにふけるように
「・・・・そうです。
ですが保守的な人々は私の仮説に異を唱えるばかりで、革新的な治療方法を考え出そうともしません。
思いついた私も、それを誰かで試さなければ結果は確認できず、治療方法は進歩しません。
今回の症状にも脂を補うという治療が正しいと信じています。
それも、魚や獣の動物性の脂の方が効果があると考えています。
漁師や猟師にはそれらの症状が少ないですからね。」
興道験資と門部弟丸に悪気は無かったことと、下痢の症状で亡くなった人がいなかったことから、若殿は巌谷に報告するだけで、誰にもおとがめなしという結論に至った。
炊き出しのおにぎりが、今でも思い出すたびに腹がグウと鳴るほどいい匂いだったなぁ~~!とちょっと悔しい。
あれは脂ののった魚の焼けた匂いだったのか~~と納得し、思わずヨダレが出そうになった。
「あれだけ脂がのってて美味しそうなら、下痢になっても食べたかったです!次は絶対食べますっ!!」
若殿は肩をすくめ
「美食のためなら死んでもいいという人々が、ある一定数いるって噂は本当なんだな」
ポツリと呟いた。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
救急車を呼ぶ準備をして、毒キノコを食べるというブログを読んで、う~~~ん、一時のキノコハイ!のために救急車かぁ~~と価値観の多様性をしみじみ感じました。
時平と浄見の物語は「少女・浄見 (しょうじょ・きよみ)」に書いております。