陰謀の施し(いんぼうのほどこし) その2~竹丸、美味そうな匂いにつられる~
若殿はウンと頷き
「主催者が一部は着服するだろうが、大半は困窮した人々に渡ると信じたい。」
まぁね~~~~。
大殿・大奥様・若殿、をはじめとする裕福な人々は罪滅ぼしで慈善活動をしたくても、他人任せなら結局ピンハネされても仕方ないよね!
で、『やらない善よりやる偽善!』だから、何もしないよりは、品物を提供するだけでも、充分、慈善活動と言えると思う。
クンクン!!
どこからか美味しそうないいにおいが漂い、思わず鼻をひくつかせて、においの方向を特定する。
「あっ!若殿っっ!!あそこで食べ物が支給されるようですっ!!私も並んできます!」
屋根のある場所に、長い行列ができてる。
行列の先は人だかりで何があるのか見えない。
とりあえず、行列の先に近づくと、炊き出しを待つ行列をさばく水干姿の主催者側の人が立ってて、私をチラ見し
「炊き出しのおにぎりは、皮膚炎や湿疹、乾燥肌、皮下出血、血行不良に悩んでる病人が優先だよ。
お前は遠慮してくれ!」
はぁっっ???!!!!
私のどこがツヤツヤコロコロムチムチだって??!!!
キッ!
と若殿を振り返り
「私だって皮膚炎や血行不良ですよね??!!!」
若殿が冷た~~~い横目で睨み、ウウンと首を横に振る。
「いやっ!!私も並びますっっ!!絶っっ対っ!!炊き出しのおにぎりを食べますっっ!!いい匂いだし、美味しいに決まってますっ!!」
行列の後ろに並ぼうとすると、若殿が襟首をギュッ!と掴んで引き留め
「やめろっ!!必要な人々から栄養を奪い取るなっっ!!!帰って料理人に似たようなおにぎりを作らせてやるっ!!」
チッ!!
そこまで言うならあきらめてやるか
と思ったけど、名残惜しく指をくわえてると、行列の先から出てきた人を見つけた。
枇杷の葉っぱで包んだおにぎりには、紫蘇の刻んだやつと、白身魚の焼いたやつが混ぜ込んである。
美味しそう~~~~!!!ジュルっ!!
そんなことがありつつ、その日はあきらめて大人しく屋敷に帰った。
若殿が頼んでくれて、紫蘇とほぐした焼き魚を混ぜたおにぎりが夕餉の一品に入ってたので、私も矛を収めた。
数日後の午後、若殿を訪ねて弾正台の巌谷がやってきた。
出居で若殿と対面すると
「先日の慈善市に行かれましたか?炊き出しのおにぎりに問題があったようなんです。」
若殿の後ろに控えてた私が先に反応し
「えっっ??!!何の問題ですかっ??!!美味しそうだったのにっ!!!」
巌谷は厳粛な雰囲気で首を横に振り
「炊き出しのおにぎりを食べた者のかなりの人数が、腹を下したそうです。制御できない下痢に襲われたそうです。」
えぇーーーっっ???!!!
若殿が眉をひそめ
「毒が混入されたという事ですか?」
巌谷は
「それを頭中将殿に調べていただきたいと思いまして」
「詳しく話してください」
巌谷がコホンと咳払いし話し始めた。
「実は慈善市があった次の日でしょうか、弾正台に匿名の投書がありまして、その中に
『慈善市で提供された炊き出しの握り飯には毒が入っていた。
食べた者のほとんどが腹を下し、中には数日間、寝込む者までいた。
朝廷は下層階級の貧困や病による困窮から目を背け、貧しいものに毒を食らわせ殺害して一掃し、貴族だけが生き残る新しい世界を造ろうと陰謀を企てている。』
とありました。
慈善市の主催者というのは西市で商売する商人たちの一部です。」
は??!!!
あのおにぎりは陰謀の一部??!!!
食わなくてよかった~~~っっ!!!
巌谷が続ける。
「早速、真偽を確かめるため、西市にでかけ、慈善市で握り飯を食った者は集まるようにと呼びかけ、集まった人々に事情聴取しました。
すると、握り飯を食った者の三割ほどは投書にあるように腹を下したそうです。
酷い下痢で二三日寝込んだ者もいたそうです。
そして被害に遭った者たちは口々に
『朝廷を牛耳る政権執行部の関白のような公卿達は我々貧しい庶民を殺害して食い扶持を減らすために、慈善だと偽って貧困者を一堂に集め、握り飯に毒を混ぜたんだ』
という内容の話をしていました。
本気で信じてるようでした。」
えぇ??
でも慈善市を主催したのは公卿じゃなくて西市の商人らしいけど?
公卿のせいにするってことは公卿に恨みを持つ者が陰謀論を流布させてる?
若殿が顎を撫でながら
「ふむ。で、炊き出しに関わった者たちを取り調べたんですね?」
巌谷がコクリと頷き
「はい。炊き出しの材料の米は主催者たちが、関白家をはじめとして裕福な貴族宅を回り、供出してもらったらしいです。
主催者たちに話を訊くと、炊き出しの握り飯の調理を担当したのは、西市で私的な施薬院を開業する、興道験資という医師のようです。
興道験資は元典薬寮の医師らしいですが、典薬寮を解雇された理由は不明です。」
若殿が
「施薬院を訪ねて興道験資を事情聴取しなかったんですか?」
巌谷がポリポリと頬を掻き
「それが、訪ねたんですが興道験資は不在でして、かわりに弟子の門部弟丸という男に話を聞きました。
門部弟丸が言うには、興道験資に調達せよと命じられた『脂ののった魚の干物』や『乾燥させた紫蘇』や『枇杷の葉』は門部弟丸が市や施薬院の薬草保管庫や近隣の枇杷の木から調達したそうです。
あとは普通に米を炊き、魚の干物を焼いてほぐしたものと乾燥シソを飯に混ぜて握り飯にし、手に直接触れないように枇杷の葉で包んで提供したそうです。」
思わず口を挟む
「枇杷??って毒がありますよね??!!じゃあ医師の興道験資が犯人?」
(その3へつづく)