陰謀の施し(いんぼうのほどこし) その1~竹丸、褒め殺しという言葉を憶える~
【あらすじ:慈善市でふるまわれたおにぎりを食べて、体調を崩す人が続出!裕福な人々が困窮した人々を根絶やしにしようとする陰謀だというトンデモ論が流布してしまった。階級の違いに負けず、真実を追求し確かめる癖をつけた方が、結局、自分のためになる?時平様は今日も世間の風当たりと八つ当たりをいなす!】
私の名前は竹丸。
歳は十になったばかりだ。
平安の現在、宇多天皇の御代、日本で権勢随一を誇る関白太政大臣・藤原基経様の長男で蔵人頭兼右近衛権中将・藤原時平様に仕える侍従である。
私の直の主の若殿・時平様はというと、何やら、六歳ぐらいの小さな姫に夢中。
宇多帝の別宅に訳アリで、隠し育てられている姫を溺愛していて、周囲に気づかれていないと思っているが、使用人はじめ母君・大奥様にもバレバレ。
若殿いわく「妹として可愛がっている」。
でも姫が絡むと、はたから見てもみっともないくらい動揺する。
従者としては、たかが小さな女の子に振り回されてる姿はいかがなものか。
今回は、カビの生えたチーズとか食べる人ってスゴいですよね!というお話(?)・・・・ではないです。
ほころびかけた菜の花の蕾が、キッ!と口元を引き締めたぐらい厳しい、寒の戻りに襲われたある春の日。
西の市で、臨時の特別な市がたつというので、若殿とお伴の私はその『慈善市』を訪れた。
西の市の自由場所で、『慈善市』として売られるものは、主催者が裕福な貴族から集めた、古着や布、骨董、書画や、使わなくなった鍋、釜、調度品、手箱、筆などの道具で、無料または格安で販売されるという触れ込みだった。
若殿の父君である関白殿やその北の方である大奥様も、それぞれ使わない品物を提供したらしい。
西市の通りの一画に、分類された品物が筵に並べておいてある。
ボロボロの古着や、破れた布が山になって積んである筵には、確かに『無料』と書いた紙が石で重しをしておいてあった。
その隣の筵には『一枚一文』の紙と、少しはましな、まだ使えそうな布や衣の山と売主の姿があった。
その二つには主に女性が群がり、衣を手にとっては眺め、気に入らなければ山に戻し、人が戻したそばから奪い取っては眺めて戻すを繰り返し、初めはそれほどひどくなかった衣が最後にはビリビリのぼろきれになってるものもたくさんあった。
屋根がある場所では、奧には主催者らしき人が、机を拍子木で叩きながら、集まった人々に大声で話しかけてた。
若殿とその屋根の下へ行ってみる。
主催者がトントン!と拍子木で机をたたき、観衆の注目を集め
「え~~~!次の品物は、あの堀河大臣こと、位人臣を極めた、関白太政大臣様直筆の墨絵でございます!」
おぉ~~~~っっ!!!
どよめきのさざ波が会場を走った。
慈善競売?
主催者の横にある衝立の後ろから、縦長に伸ばした巻物を掲げた水干姿の男性が出てきた。
その幅二尺(60cm)、長さ四尺(120cm)ぐらいの巻物には、墨で何かの絵が描かれてる。
よ~~く目を凝らしてみてみると、子供が雲を描くときのようなモコモコした顔に、同じくモコモコした体が雪だるまのように上下に描いてあり、上の雲には黒く塗りつぶした目と三角の口があり、頭のてっぺんには長い棒みたいな二本の耳?角?が生えてる。
下の体のモコモコの下部には丸い楕円が二個並んでて、足?のように見えた。
全体的に、抽象的でナニを描いてるのかイマイチ判然としない。
そばにいた若殿に
「何が描いてあるんですか?」
腕を組み、険しい顔で考え込んでた若殿が、ハッ!としたように目を見開き
「おそらく、兎だ!父上が雪原で見た兎が可憐だったと話してたことがある。」
それにしても、もうちょっと、何とかならないもんかね~~~??
子供の私でももうちょっと絵心がある!!
苦虫を噛み潰したような若殿と、競売の様子を見守る。
主催者が唾を飛ばしながら
「さぁ、五十文から始めます!誰かいませんか??どうぞ、ご遠慮なく!さぁ!」
けしかけるけど、客は沈黙。
沈黙を打ち破り、客の一人が威勢よく
「いやぁ!!さすが高貴なお方の描くものは、我々凡人の想像にも及びませんな!
どうですか?皆さま、過去にこれほど写実の概念を超越した絵がありましたか?
よぉくお考え下さい!あなた方が見ているものは、新たな時代の幕あけを告げる、超現実の絵画ですよっ!!
もはやプロの絵師の域をはるかに超えた、今後も世に出るか出ないか予測もつかない、まぎれもない傑作です!
今買わないと後悔しますよっ!!」
サクラ?
それにしても褒め過ぎじゃない?
どーーーーー見ても子供の落書きじゃんっ!!
苦い顔つきで険しい目を光らせてる若殿に
「何ですか?あのガヤは?本気で言ってるんでしょうか?
それとも、客の反感を煽って『何が傑作だ!ガキの落書きより下手くそじゃねぇかっっ!!』って言わせようとしてるんでしょうか?」
若殿が
「あれは藤原名継という私の親戚にあたる貴族だ。何を企んでる?
お前の言うように、父上に対する客の反感を煽りたいのか?それとも本当に傑作だと思っているのか?」
ん~~~、表面上褒めているだけに、判断が難しい。
明らかに下手くそな絵を褒め上げて、傑作だと信じた脳天気な人を騙して落札価格を引き上げるためのサクラなの?
それとも、誰かが『いや、ただ稚拙なだけだから!』ってツッコむのを待ってるの?
・・・・権力者の権威に、観客の反応はいかに?
と興味深く見守ってると、初めの価格から値を吊り上げるものがおらず、買い手無しのままお流れとなった。
近くにいた客たちがコソっと囁く。
『さすがになぁ~~。いくら関白殿直筆とは言え、アレを買う気にはならんなぁ』
あ!やっぱりそう?
それにしても皮肉にしては手が込んでる。
そういえば!と確認のため
「慈善競売ってことは売り上げは貧しい人々に分配するんですよね?」
(その2へつづく)