彷徨の案山子(ほうこうのかかし) その1~竹丸、案山子が神の依り代と知る~
【あらすじ:ある用件で大和国へ出かけた時平様が、途中、出会った農夫から不思議な話を仕入れた。田んぼを守る案山子が動き回ってるらしいけど、その姿を見たら死ぬという。命が宿った案山子って、気味悪いのか神々しいのか。中身がスカスカなのは同じだと言われる私は、せめて案山子のように堂々としたい!】
私の名前は竹丸。
歳は十になったばかりだ。
平安の現在、宇多天皇の御代、日本で権勢随一を誇る関白太政大臣・藤原基経様の長男で蔵人頭兼右近衛権中将・藤原時平様に仕える侍従である。
私の直の主の若殿・時平様はというと、何やら、六歳ぐらいの小さな姫に夢中。
宇多帝の別宅に訳アリで、隠し育てられている姫を溺愛していて、周囲に気づかれていないと思っているが、使用人はじめ母君・大奥様にもバレバレ。
若殿いわく「妹として可愛がっている」。
でも姫が絡むと、はたから見てもみっともないくらい動揺する。
従者としては、たかが小さな女の子に振り回されてる姿はいかがなものか。
今回は、米の値が高いままのほうが農家のためですって?それなら仕方ない?!!というお話(?)・・・・ではないです。
大殿からの命令で、大和国へ一週間ほど出かけてた若殿が京に帰ってきた。
梅は満開をすぎ、枝には赤茶色の萼が多くなり、白い花が少なく寂しくなった頃。
旅姿から普段着の狩衣への若殿の着替えを手伝い終わると
「父上が仏像を作らせるために、腕のいい仏師を探しに、私が大和国へ出かけたことは知ってるな?」
「はい!もちろんです!いい人がいましたか?」
若殿はニヤっと口の端を少しあげ、いたずらっぽく笑い、
「まぁな。それはいいんだが、大和国へ行く途中、不思議なことがあった。話を聞くか?」
ウン!と大きくうなずくと、次のような話を始めた。
『大和国へ入り、もうすぐ目当ての寺につくというところで、小さな村に差し掛かった。
枯れた切り株が残り、短い雑草の生えた田んぼが、一面に広がる中、あぜ道を歩いてると、ひとりの農夫に会った。
その農夫はジッと立ち止まり田んぼの真ん中を見つめたまま動かない。
私が横を通り過ぎようとしても、ピタッと固まったように動かないので気になって
「田んぼに何か変な物でもありますか?鶫や椋鳥がいますね?」
話しかけると、私を見て
「いえ・・・・、案山子をね、ちょっとね。今はもう、どこかに、きっと、極楽浄土にお行きになられたんでしょうな」
と言う。』
えぇっっ??!!!
気になって思わず
「案山子がですかっ?田んぼで燃えたとかですか?」
話の腰を折られ、若殿はイラっとしたように眉をひそめた。
私の問いを無視して続ける。
『「詳しく聞かせてもらえませんか?」
私が言うと、農夫は
「大した話じゃありませんがね。
あれは刈り入れの時期でしたかな、わしらは毎年、稲を鳥や獣から守るために、竹と藁で案山子を作って田んぼに立てます。
その案山子が、去年の秋のあの時期だけは歩き回ったんじゃ!」
「案山子が歩くところを見たんですか?」
「いいや!わしは見ておらんが、見た者がひとりだけおってな、そいつは次の日、急な病で死んでしもうた。
それ以来、案山子が歩くのを見たら死ぬという噂が広がり、しっかり案山子を見るものは誰もおらんようになった。
だが、ある日ここにあったと思った案山子が、次の日は別の場所、また次の日は別の場所と、おる場所が違う。
村のもんが何人も確認しとる。
ある日の案山子を見た者は、ユラユラと揺れてたと言うし、別の日に見た者は目が合うと笑ったと言う。
わしも別の日に見た案山子は、活き活きとして、今にも動き出しそうな表情をしとった!
ありゃあ、きっと、案山子に神様が宿っとるんじゃなぁ!」
「不思議な事もありますね。最後はどうなったんですか?」
「刈り入れの直前におらんようになった。
ほら、田の神の依代ともいうじゃろう?
鳥獣の形で現れた霊を祓い、わしらの稲を守ってくださる仕事がすんだから、極楽浄土へお帰りになったんじゃ。」』
またまた、ツッコみたくてウズウズした私は
「神と仏がごっちゃです!お稲荷様も極楽へ行くんですか?神社じゃなく?」
若殿は肩をすくめ
「まあな。私も詳しくはないから、そこは深入りしなかった。」
「でも作業中の人とか、熊とかを見間違えただけでしょ?案山子が動いて笑う?なんて考えられないっ!!」
「私もそう思ったから、質問攻めにした」
若殿は頷き、続ける。
『「移動前後で同じ案山子だと判断したのは同じ恰好だったからですか?」
その農夫は
「そうじゃ。笠と蓑を着せとったのがそのままじゃったし、大きさも同じじゃったからな。」
「同じ案山子だと、近くで確認したんですか?」
農夫はブルっと身を震わせ
「何をいっとる?!!ジッと見つめて動き出したらどうするっ!!怖ぁて、誰もよう見やせんわっ!!」
「それに、夜中に誰かが案山子を移動させたかもしれませんね?」
農夫は不思議そうに
「そりゃそうかもしれんが、誰が何のためにそんなことをするんじゃ?」
私がジッと考え込んでると、農夫が嬉しそうに付け加えた。
「ああっ!でもその後でね、偉いお坊さんが通りがかったんで、そのときも同じ話をしたんじゃ。
そうすると、お坊さんが、そりゃスゴイ霊験じゃから、お上にご報告して、ぜひともここいらの田んぼ全部を寺の荘園として認めてもらうように掛け合う、と約束しなさったんじゃ。
ありがたいことでなぁ~~!
偉いお寺の田んぼになるってことは、わしらも仏様のご利益にあずかれるってことだろう?
ねぇ?お若いお方?」』
ん?
またまた、疑問がムクムクと沸き上がり
「それまでは公田(口分田)だったんでしょ?
寺の荘園にされたりしたら、農民にとって税率は上がって、余計に米を取られるんじゃないんですか?
負担増でしょ?いいんですか?」
(その2へつづく)