仮相の倭歌(かそうのやまとうた) その3~竹丸、和歌に想いを込める理由を知る~
三条は目以外の顔のどの部分も『見られたら死ぬ!』と思ってる勢いで、扇をピッタリ当て、ジッと固まってた。
若殿が近づいて座り話しかける。
名を名乗り凡河中常美について尋ねると、顔を向け
「わたくしは、最近歌合せに出席しはじめたばかりですので、歌壇の雰囲気や皆さまのご様子は分かりかねます。凡河中常美さん?という方とお会いしたことはございません。」
掠れた細い、高い声で話す。
若殿がチラッと三条を見つめ
「和歌の勝敗に賭けることがあるそうですね?凡河中常美殿はその借金で失踪したと言われてますが、どう思いますか?」
三条は険しい目つきで首を傾げ
「さぁ?わたくしは何も存じません。会ったこともございませんのに。」
若殿は礼をいい、そばの清原深輔に話しかけた。
「あなたは清原深輔さんですね?
凡河中常美殿の親友だと聞きましたが、借金と私家集製作を放り出して出奔したのはなぜだと思いますか?追い詰められた心労からだと思いますか?
もしや、行先を御存じでは?」
清原深輔はツルッとした白い肌の割とキレイめの青年だったけど躊躇うように、下唇を噛み
「さぁ、行く先は知りませんが、彼が悩んでたのは確かです。
何もかも投げ出したくなったんでしょう。
借金?や和歌集のこともあるでしょうけど、あのままでは居場所がないと感じてたんじゃないでしょうか。
今は、どこにいるにせよ、幸せに暮らしていると思います。」
ビックリして思わず
「えぇっっ??!!天国で幸せってことですか?自殺したんですか?!!
作品をいじられるのが耐えられなくて、金儲けの道具になるのがイヤで?」
声を出すと若殿にギロっと睨みつけられた。
清原深輔は空虚な笑い声で
「ハハハッ!いいえ。そうは思いません。
自分の作品を改変されることに不満はあったようですが、見返りは充分だったようでそこに不満は無かったそうです。
人気者にしてくれた周囲の人々には感謝していると言ってましたから。」
そうこうしてるうちに、歌合せが始まる雰囲気になり、我々は客席に退いた。
一月・二月・三月・春・恋・・・など八つの題目で六番ずつ、全部で四十八番、九十六首が勝敗を競った。
中でも清原深輔と三条は勝ちを量産してて、これだけ実力差があれば二人に賭けてても低配当だろうなと思えた。
特に最後の三条の和歌
『かりそめの 影は消えつつ 春の水 澄みてうつるは まことなる身ぞ
(偽りの姿は消え去り、春の水のように澄んだ心に映るのは、ありのままの本当の私だ。)』
は長い厳しい冬を耐え、明るい春の日に、水に映る自分の姿が、憂い無く活き活きと気力が充実して見える様子が伝わって『力作』!だと思った。
歌合せの全てが終わると、若殿は主殿を出ていこうとする三条に真っ先に近づいた。
好きになったの?
にわか熱狂?
崇拝者が出待ち?追っかけ?する感じ?
私も話を聞こうとミーハー気分で慌ててついていく。
背を向けて出ていこうとしてた三条に向かって若殿が
「凡河中常美さん!ちょっとお待ちください。お話があるんです。」
「ハイ?!」
三条は何気なく振り向いた。
ハッ!
若殿と目が合うと、何かに気づいたように驚愕の表情で固まった。
若殿がニヤッと得意げに笑い
「やはりあなたは凡河中常美が女装した姿だったんですね?
道理で、声が裏声のようにか細く、顔を見られないよう扇で念入りに隠していると思いました。
自分の作品を丁寧に解説するためには念人として参加しなければならなかったんですね?
方人として作品を提出するだけでは、真意が充分に伝わらないと危惧したんですね?」
三条はビクッ!と肩を震わせたが、すぐに平静を保ち、若殿を先導して、席へ促した。
二人が対面して座ると、三条は低い男性の声で
「藤原辺佐や借金取りに暴露するつもりですか?」
若殿は首を横に振り
「いいえ。あなたが姿を変えたのには、煩わしい周囲の人々から逃げ出すという以外の理由があったのでしょう?
あなたの二首の和歌には、以前の姿は偽物で、今の姿は本物だという意味が込められてました。
以前から性別の不一致に悩んでおられたのではないですか?
だから、女性になり、本当の自分の姿で別の人生を始めたんですね?」
三条はウンと頷き
「そうです。
以前から、愛するのは男性だけでした。
それなのに、周囲の人々は当たり前のように結婚をすすめ、有名になるにつれ女性から数えきれないほどの恋文を受け取りました。
いちいち断りの返事を書いたり、周囲にその理由を説明するのが煩わしく、和歌を作るときにも何かと気を配らねばなりません。
以前から度々女子の恰好をしては、一人で満足していました。
半年ほど前からはこの姿で歌合せに出てみたりもしました。
収入は充分いただいてましたが、ひと月ほど前、突然、全てが嫌になり、我慢できなくなりました。
本当の女性として暮らしたくなったのです。
幸い知人に紹介していただいた勤め先がありました。
大人しくしていればよかったのですが、和歌を作ること・聞くことは好きで仕方が無く、やめられず、今回のように時折歌合せに参加しております。」
へ~~~え!!!
全っっ然っ!気づかなかった!
美人は男女どちらでも馴染むのね??!!
三条は悲しそうに眉根を寄せ
「藤原辺佐や賭け金の取り立て人には申し訳ないと思っていますが、そもそも私の名で和歌集を出せば儲かると勝手に目論み、しつこくつきまとったり、借金だって、私の作品を他人が改悪したから歌合せで勝てなくなったのに、それを無視して取り立てるなんて間違ってますっ!!」
そうなの?
じゃ、踏み倒してもいいんじゃない?
ダメなの?
若殿は『どうでもいい!』という風に肩をすくめ
「では世間には黙っておきます!
ですが清原深輔だけは知っているようでしたが、ご存じですよね?」
三条は頬を赤らめウンと頷いた。
帰り道、路沿いの屋敷から満開の枝をのぞかせる梅を見つつ
「金儲けのために寄ってくる人々や大勢に求婚されることって、無視されるよりよっぽど幸せですよね!
それも承知した上で、全てを捨て去って名声から遠ざかった。
贅沢な事だし、壬生樋上から嫉妬され恨まれても仕方ないですよね!
現にさんざん誹謗中傷されてますし!
そこまでして和歌から離れたのに、また和歌を発表するってどういう心境でしょう?」
若殿が少し考え
「例えどんな状況になっても、創作をやめられないという一部の限られた人間だけが、作品を世に残せるのかもしれないな」
ポツリと呟いた。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
エンタメは『ゴリ推し??!!!』とちょっとでも感じた時点で、萎えてしまいます!
時平と浄見の物語は「少女・浄見 (しょうじょ・きよみ)」に書いております。