仮相の倭歌(かそうのやまとうた) その2~時平、売れない歌人の僻みに油を注ぐ~
若殿が
「この和歌集で他に有名な歌人はいますか?」
藤原辺佐がペラペラめくり指さし
「この清原深輔という若者は、今日ここに来る予定です。凡河中常美の親友ですね。
あと、この壬生樋上という若者も歌人仲間で、ここにもう来てるんじゃないかな?でもご注意を。彼はこのごろ歌合せで実力が発揮できず、負けが続いてるせいでひねくれて、成功している仲間の誹謗中傷を繰り返すので、仲間内からは煙たがられています。
あぁっ!彼です!壬生樋上です!」
左方の方人や念人が着席する畳にいる、くたびれたナヨナヨの狩衣姿の貴族を指さした。
「あっちには清原深輔が来てますね。その隣の女性は最近、メキメキと頭角を現した三条という女流歌人です。たしかxx女王の女房を務めていると聞きました。」
右方の歌人が座る畳に、パリッとした狩衣の中流貴族の若者と、その隣には目以外を扇でピッタリと隠した高級そうな袿・単姿の女性。
若殿がパラパラとめくり
「ふむ。清原深輔と壬生樋上は載ってますが、三条はこの和歌集には載ってませんね?」
「はい。三条は半年程前から歌合せに出席し始めたばかりですからね。注目されだしたのも勝ちが多い、ここ二・三回ですし、まだ海の物とも山の物ともつかない新参ですよ。」
若殿は見本を藤原辺佐に返し
「では、私家集を本当に作るときは、あなたにお願いします。今日のところはこれで失礼します」
は?と肩透かしを食った顔の藤原辺佐を残して、スッと席を立った。
そのまま歌人が座る畳に近づくので私もついていく。
左方の歌人たちが集まり、おしゃべりしてるところからポツンと一人離れた場所で、手元の紙を見つめてブツブツ独り言をつぶやく壬生樋上のそばに若殿が座りこんだ。
「念人として議論のための準備ですね?」
話しかけると壬生樋上は顔を若殿に向け
「は?いや。まぁ、そうですが、あなたは?歌合せでは見かけない顔ですね?新人ですか?」
「いいえ。藤原時平と申します。お聞きしたいんですが凡河中常美さんはどんな人ですか?
最近姿を見かけましたか?」
壬生樋上はムッとしたように不機嫌な顔つきになり
「凡河中常美ですか?最近歌合せに来てませんね!
どんな人間か?
彼は虚像ですよ!
彼の名声は全くの幻影です!
幽霊作者が寄ってたかって彼の作品をいじくり倒して歌合せに提出し、『勝ち』を乱発乱造したんです!
彼が一人で作った和歌など数首しかありません!
その幽霊作者たちが念人として歌合せに出席し、褒めたたえるものだから、判者もコロッとだまされて凡河中常美の和歌が優れているように思い違いし、誤った判定をするんです!
そして凡河中常美の和歌集ばかりが売れ、求められるっ!
全くっ!世の中、狂ってます!間違ってますよっ!!」
若殿が面白がるように眉を上げ
「では藤原辺佐のような和歌編纂者が実力のない凡河中常美を無理やり有名人の座に押し上げたと?」
不満の炎を煽る。
壬生樋上はそのエサに喜んで食いつき
「ええ!そうっ!そうですよっ!!
取り巻きがいない初期の頃の凡河中常美の勝率は私とトントンだった!
実力というより、彼の容姿がいいもんだから、取り巻きが『コイツで稼げる!』と彼に群がり、作品に手を加え、大衆的な人気がでるよう改変して和歌集を世に出し流行させたんです!
彼の名声・人気は取り巻きが全て作り上げた、中身のない空虚な『張りぼて』です!」
『容姿がいい』のも才能のうち?っちゃそうだけど。
でも取り巻きも無能な作者からスターを作り上げるより、最初から一番才能のありそうな若者に群がったほうが楽だから、凡河中常美に一番才能があったのは真実では?
僻む気持ちも痛いほどよくわかるけど!!!
世の中の動きを敏感に察知し、『売れる!』臭いを嗅ぎつければそこに密集して、賞賛と煽り文句で『これでもか!』というほど加工し、何なら嘘ついて逸話を盛るとか変更・魔改造して世に出し、それが売れて儲かってこその業界だろうから、流行に力を全集中するのは仕方ないこと?
売り手が売りたいものを『ゴリ推し!』するのは、どの娯楽業界でも『当たり前』では?
作者以外の加工手・売り手が商品にやれることと言えば、その商品がいかに価値があるか?有用か?を強調し、『みんなが欲しがってる感』を演出することだけだし。
と考えれば、元の作品は『駄作』でもいいのでは?
と、考えが深まったところで若殿が、
「三条に話を聞きに行くぞ」
呟くのでついていった。
(その3へつづく)