仮相の倭歌(かそうのやまとうた) その1~竹丸、大人気歌人の失踪を知る~
【あらすじ:和歌のひとつでも詠めないと、現代、京の都で貴族なんてやってられない!というわけで、巷の歌合せに出席した時平様が聞いた噂は、大人気の流行有名歌人が姿を消してはや一か月という噂。時平様は見聞きした情報を整理し、今日も失踪の真相を読み解く!】
私の名前は竹丸。
歳は十になったばかりだ。
平安の現在、宇多天皇の御代、日本で権勢随一を誇る関白太政大臣・藤原基経様の長男で蔵人頭兼右近衛権中将・藤原時平様に仕える侍従である。
私の直の主の若殿・時平様はというと、何やら、六歳ぐらいの小さな姫に夢中。
宇多帝の別宅に訳アリで、隠し育てられている姫を溺愛していて、周囲に気づかれていないと思っているが、使用人はじめ母君・大奥様にもバレバレ。
若殿いわく「妹として可愛がっている」。
でも姫が絡むと、はたから見てもみっともないくらい動揺する。
従者としては、たかが小さな女の子に振り回されてる姿はいかがなものか。
今回は、根性だけでは何事も上手くいかない?というお話(?)・・・・ではないです。
ある日、大殿に
「嗜みのひとつとして、歌合せに出席して和歌の勉強でもしてこい!」
と命令された若殿は、紀智之という貴族主催の歌合せに行くことになった。
その道中
「歌合せに飛び入り参加?ていったって、方人(和歌を詠む人)・念人(自陣の歌を誉め、敵陣の歌の欠点を指摘して議論を有利に導く)・判者(左右の勝敗を決める)はすでに決まってるでしょ?急に押し掛けたってやらせてもらえるとしたら講師(歌を読みあげる役)ぐらいでしょ?」
若殿は眉をひそめ不機嫌そうに
「役目はすでに決まってるだろう。私が出席したところでせいぜい、廊下の端か几帳の陰から黙って見学するだけで退屈極まりない!紀智之が気を使って席を用意してくれればまだマシだがな。・・・ったくっ!!だから歌合せになんて行きたくないんだ!そもそも和歌など面白さが理解できんし、これっぽっちも興味がないっ!!なぜ和歌を勉強せねばならんのだっ!!」
イライラ・ブツブツ言う。
「それは、女子を口説くときに必要だからでしょう?貴族の嗜みとして!詠めないと恥ずかしいんじゃないですか?」
凍り付きそうな冷たい目でギロっと睨まれ
「必要ないっ!!和歌を詠んでくれなければ恥だ!などと要求する女子を口説くつもりはないっ!!」
薄~~い横目で
「宇多帝の姫にせがまれても?」
若殿は急に真顔になり
「そうだな、興味が無くとも、現代男子の教養として、基本ぐらいは学ぶ必要があるな。よしっ!竹丸っ急ごうっ!!」
・・・・・現金な人だ。
屋敷に到着すると、紀智之は驚きつつも見学を快く許可してくれて、主殿に案内してくれた。
主殿には既に多くの人々が集まっていたけど、和歌を記した色紙を置く州浜(入り江などをかたどった飾り台)の準備ができてなかったり、人々がまだ左右に分かれて着席してなかったり、全員が揃ってなかったりして、騒々しい雰囲気だった。
若殿が案内されたのは来客用の畳席。
隣の畳にはいかにも五位?六位?ぐらいの中級貴族という感じの、狩衣姿の中年男性が二人で頭を突き合せてヒソヒソ話し込んでいた。
私の地獄耳が聞くところによると、一人が
「あいつのせいで酷い目に遭いましたよ!
地方の富裕豪族が、あいつの私家集を欲しがっていたので、製作に取り掛かってたんですがね、まだ歌数が揃わないうちに、失踪してしまいましてね!
姿を消してもうひと月になりますよ!
あいつには和歌の創作料を支払い済みで、先方からはもう私家集の代金を受け取ってしまってるもんですからねぇ、何とかしてあいつを探し出して、和歌を詠ませなきゃならないんですよ!
代金を返却なんてことになりゃあ大損ですよ!」
もう一人がウンウンと頷き
「凡河中常美でしょ?私も探してるんですよ!ほら、xxの歌合せで、大負けして私から借りた銭を返さないまま消え失せやがってねぇ!
何とか見つけ出して、財物を取り上げないとっ!」
う~~~ん。
凡河中常美という人はなかなか破天荒な人?
借金と私家集製作を踏み倒して失踪中?
和歌を詠むのが上手い有名歌人?
私家集を出すぐらいだし。
私は若殿の耳に口を寄せヒソヒソと
「凡河中常美はホントに失踪したんでしょうか?借金の取り立てとか、和歌を作るのがイヤになって自殺とかしてないでしょうか?創作家なんてみんな繊細でしょ?悩んで死にたくなったとか?」
若殿が少し考えこんで、スッ!と立ち上がった。
私家集を作ってる方の貴族に近づいて座り込み、
「すみません。私は藤原時平と申します。少しお話を耳にしたんですが・・・」
その貴族はギョッとしたように身を後ろに引き
「えっ?まさか、関白殿のご長男の?頭中将殿?」
若殿がウンと頷き
「私も私家集を出したいと思いまして、あなたにお頼みすれば作ってもらえるんですか?」
その貴族は急に商売用の愛想笑いを満面に浮かべ
「ええ!ええ!もちろんでございますとも!頭中将殿がご自分の?和歌を集めて一冊の本になさりたいのですね?和歌を頂ければ、紙の選定、表紙の装丁、筆者の選出と依頼、注釈・逸話の聞き取りと記述、もちろん清書、製本まで全て私どもが責任をもって仕上げて、あなたにお届けいたします!複数冊お望みなら少しお時間を頂きますが・・・・。」
「ええ。それはありがたいですが、まず、見本のようなものはありますか?仕上がりが見たいので。それとお名前をお聞きしたい」
「もちろんです!私は前のxx国介の藤原辺佐と申します。六位を頂戴しております。ええっと、これが見本です。今注目の若手歌人たちの和歌を集めたものです!」
藤原辺佐は手持ちの包みを解き小冊子を若殿に渡す。
若殿はペラペラとめくって中身を読む。
私もすかさず近づき、目を通す。
藤原辺佐は最後の頁の和歌を指さし
「これが今、歌壇で最も注目されている、若手歌人・凡河中常美の和歌です!
彼は現代人の苦悩や絶望、それに立ち向かう勇気や希望をありありと瑞々しい感性で詠み上げています!」
具体的に何を詠んでるの?
サッパリわからないな~~と思いながらその頁を覗き込むと
『仮の世に 偽る影の うつろへば 誰れをか待たむ 月のさみしき
(現世で偽りの自分を演じるうちに、心までも移ろってしまった。誰を待てばよいのか、寂しく照る月の下で。)』
ふ~~~ん!
結構いい感じ?
何かに悩んでるのは伝わる!
でも凡河中常美って失踪中の人でしょ?
その人を推しても無駄では?
(その2へつづく)