醜穢の奇跡(しゅうわいのきせき) その3~不運と感情は苦痛を長引かせる~
矢帑栖は驚いたように目を見開き、ウンウンと頷きながら、
「は、はい!!それはもうっ!!不思議な事に、吐き気がするような代物ですが、こ、これが、よく効いたのです!!
その噂が世間に広まり『奇跡の団子』ともてはやされましたが、資捨因が原材料を暴露してしまうと、怒った患者たちに、老師は取り囲まれ責め立てられました。
中には完全に痛みと腫れの進行が止まり、普通の生活を送れるようになった者もいました。
あとはご存知の通りです。」
「蝶威王殿は転んで石に頭をぶつけたんですよね?その時あなたはどこにいましたか?」
矢帑栖がビクッと肩を震わせ
「人々が老師に詰め寄るのを抑え、怒りを鎮めるために、老師の前に立っていました。」
若殿の目がキラっと光ったように見えた。
「そして、軽い気持ちでわざとぶつかった。
老師が転ぶぐらいですむだろうと思ったのではないですか?
だが、運悪く、頭を石にぶつけてそのまま死んでしまった。
どうですか?罪悪感はありますか?
憂さ晴らし程度の気持ちだったんでしょう?
酷使されたのに、後継者に指名してもらえなかった恨みを晴らすための?」
矢帑栖がガクガクと全身を震わせ、ダラダラと冷や汗をかき始めた。
「な、なぜ?それを?ほんの出来心ですっ!
これまで全身全霊で老師に尽くしてきましたっ!!
昼夜を問わず、老師の命令に従い、どんな苦労も苦痛も、修行の一環だと自分に言い聞かせ、耐え忍んできましたっ!!
老師が汚らわしい薬を民衆に与えることにすら、異を唱えず、黙って従い続けましたっ!!
彼を守ったのです!
なのにっ!後継住職への指名も推薦すらっ、するつもりは無いと、みんなの前でハッキリと宣言され、後継者と目されていた私は恥をかかされましたっ!!
将来への希望が持てなくなったのですっ!!
でも、殺す気なんてありませんでした!軽く懲らしめる、いやっ!そんな気すらありませんでしたっ!!
転んだ老師を助け起こし、『気を付けてください、もう若くないんですから』と笑って済むはずだったんですっ!!」
若殿が懐からさっきの茶色に朽ちた文を取り出し
「これは、この寺へ来たとき、あなたが老師に渡したものですね?」
その文を手に取り、目を通した矢帑栖がウンと頷いた。
若殿が
「では、あなたは蝶威王殿の息子というわけですね。
だから蝶威王は後継者として指名できなかった。
僧侶令によって妻帯は禁止されています。
正しい僧侶であろうとすれば、実の息子だと世間に明るみにはできません。
あなたを後継者と指名し、親子関係を少しでも疑われれば、自分の名声のみならず、あなたの将来に傷がつくと思ったのかもしれません。
そうでなくても、身内びいきは公平性を欠くと自分を厳しく律したのかもしれない。
本山が、あなたの努力と実力を認め、後継者に選んでくれると信じたんでしょう。」
はぁ??!!!
また唐突にっっ!!
当てずっぽう??!!
「なぜそんなことがわかるんですかぁ~~!!その紙には日付と穀物と布のことしか書いてませんでしたよぉ~~!」
若殿がウンと頷き
「そうだ。二十五年前から始まる、この、送った穀物と布と日付を記した文は、蝶威王殿が矢帑栖の母親に当てた文だった。
蝶威王殿は息子が食うに困らないよう、養育費として月々、穀物と布を送り続けたんだ。
将来、息子の面倒は自分の寺で見ると約束して、それまでは母親に預けたんだ。」
へぇ~~~!!
その証拠として、寺を訪ねるときに矢帑栖に文を持たせたのね!!
納得。
矢帑栖が涙をボロボロ流しながら
「っうっ・・・ううっっ!!そうかもしれないと、感じたことが幾度かありました・・・・。
だって、わ、私にだけ、いつも、容赦なく厳しい仕事を押し付けたのですっ!!
私が逆らうなどとは、微塵も疑わない様子でしたっ!!
『お前を信用してる』と何度も言われました。
ですから、髪の毛を煮るなどのっ!卑しい仕事もやり続けました!心の底から、尊敬していたんですっ!うっうっ・・・・!」
転ぶ先に石があるかどうかまで計算して、突き飛ばすことはほぼ不可能だと判断して、若殿は矢帑栖を罪に問わないことにした。
帰り道、雪が解けた水たまりだらけの路を歩きながら
「でも、『奇跡の団子』って、材料はアレですけど、みんな『効果がある』って言ってましたよねぇ~~~!
それに、病が治った人たちは助けてもらったのに責め立てて、死に追いやるなんてひどいですよね~~!
本当に効果があるなら、製法は書に記して残した方がいいですよね?
若殿がもし、湿痺証になったとして、痛みが和らぐなら『奇跡の団子』を食べますか?」
少し黙り込み、考え込んだあと、若殿は
「そうだな。
痛みがどうしようもないなら食べるだろうな。
元が何であれ役に立つ物なら、感情的な嫌悪感は封じ込めて、有用な面だけを見た方が、結局は人生が楽になるだろうからな。」
ポツリと呟いた。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
超硫黄分子(硫化水素がチオールに結合したもの)は細胞内でJAK2阻害という、現在の関節リウマチ薬と同等の作用をするらしいというウェブサイト(https://seikagaku.jbsoc.or.jp/10.14952/SEIKAGAKU.2021.930666/data/index.html)を読みました。
その超硫黄分子を豊富に体内に取り入れるためには、ジスルフィド(R-S-S-R)を豊富に含む毛髪・羽毛・羊毛の主成分を分解し、食すればいいのではないか?という推測の元でお話を作りました。
実際の効果は一切保証しません!!!悪しからずご了承ください。
時平と浄見の物語は「少女・浄見 (しょうじょ・きよみ)」に書いております。