醜穢の奇跡(しゅうわいのきせき) その2~竹丸、めずらしく団子に食指が動かない~
資捨因が
「いいえ!払えない貧しいものには無料で、払えそうな裕福なものにはそれなりの額を請求していました。
製造に手間暇がかかるそうで、材料費と人件費が補えるぐらいで、儲けはありません。」
「『奇跡の団子』の製法を知ってる人はいますか?
それと、もし、まだ片付けていないなら老師の僧坊を見せてもらえますか?」
資捨因は『お役御免』にホッとしたように頷き
「では、一番弟子の僧侶、矢帑栖を呼んできます。
彼が最も身近に仕え、病人への対応や薬の製造、分配、法要の準備など、老師の行動すべてに関わっていました。
そして最も恨んでたのも彼だと思いますよ。
なんせ朝から晩までこき使われるだけ使われた上に、老師からは
『将来、この寺の住職の座には、矢帑栖を推薦も指名もせず、本山の決定に任せる』
と宣言されたんですからね。」
ふぅ~~とため息をついた。
ハッと思い出したように
「あぁ、そうだ、老師の僧坊を見たいんですね?
本山から後任の住職がまだ来ていないので、老師の僧坊は片付けていません。
どうぞ、こちらへ、案内します。」
資捨因が立ち上がり、蝶威王の僧坊へ案内してくれた。
若殿は厨子棚や長櫃や文箱・手箱の中を調べるように私に指示した。
「何を調べるんですか?」
「医学や薬草についての書、私的な文、公的な文、少しでもおかしいと思ったものを見つけろ」
曖昧な指示っ!!?
何を探せばいいの~~??
モヤモヤしながら文箱を開けると、新しい紙の数十枚の文に混じって、茶色に変色し、ボロボロに崩れそうな文が数枚入ってた。
「他の紙は新しいのに、これだけやたら古いです!」
破れないよう慎重に取り出して若殿に渡した。
若殿が中身を読み上げると
「『貞観六年六月 米一升 蝶威王』
『貞観十年一月 麻一丈 蝶威王』
『貞観七年二月 粟三升 蝶威王』
・・・・・・・
など、穀物や布と日付が記してあるな。」
「租、庸?の覚書ですかね?
アレ?でも、僧侶って納税が免除されてましたよね?
貞観六年(864年)って今から二十五年前ですよね?
かなり昔の文を大事にとっておいたんですね?
でも自分の名前が書いてあるってことは、文を相手に送らずにとっておいたんですか?それともやっぱり覚書ですかね?」
若殿が中の一枚をそっと畳んで胸元にしまった。
そこへ、
「あのぉ~~~、矢帑栖と言います。聞きたいことがおありになるそうで、参りました。」
若殿が『待ってました!』と手を揉みながら近づき
「たくさんあります!ええっと、あなたが蝶威王殿の一番弟子の僧侶ですか?
いつ頃この寺に入られましたか?」
矢帑栖は面長で青白い、神経質そうな人。
「ええっと、確か、十三年前、十二歳のときに、ここへきました。
老師にお願いすると稚児として預かってもらえることになりました。」
「それまではどこにいらしたんですか?どういう経緯で?」
「それまでは山城国の田舎に母と二人で暮らしておりました。
母が病で亡くなりますときに、老師のところへ行けば預かってもらえるよう、話をつけてあると言い残しまして、その通りにいたしました。」
必要以上にベラベラ喋らない、もの静かな人。
伏し目がちで沈んだ表情。
蝶威王が死んだのが悲しいのかな?
こき使われてたから恨んでるってのは嘘??
若殿が
「『奇跡の団子』を製造してたんですよね?製法は?」
矢帑栖はやましいことでもあるかのように、ギクッとして、ボソボソと
「・・・はい。
まず、・・・・鳥辺野で死人から髪の毛を集めます。
それを酢と水で煮ます。一日以上弱火で焦げ付かないよう煮るので、ときどき、かき混ぜねばなりません。
これが手間がかかります。
そして、蒸して潰した豆と、蜂蜜、ドロドロに煮溶かした髪、をまぜた餡を作ります。
挽いて粉にした麦に水を加えこね、薄く伸ばした皮にその餡を包み、蒸しますと出来上がります。」
うへぇ~~~!!
髪の毛を入れなければ美味しそうなのにっ!!
若殿がギロっと疑い深い目で矢帑栖を睨み
「それは湿痺に効果がありましたか?」
(その3へつづく)