醜穢の奇跡(しゅうわいのきせき) その1~竹丸、治療薬の原料に恐れをなす~
【あらすじ:今までずっと、関節の腫れと痛みに苦しんでた人々に、劇的に効果があったという『奇跡の団子』。その『奇跡の団子』を作り出した僧侶が、製造方法が汚らわしいと責められて、不幸な結末を迎えた。好奇心に勝てない時平様が調査に乗り出すと、不運なすれ違いが判明。時平様は今日も綺麗な夢よりも汚れた現実を選ぶ!】
私の名前は竹丸。
歳は十になったばかりだ。
平安の現在、宇多天皇の御代、日本で権勢随一を誇る関白太政大臣・藤原基経様の長男で蔵人頭兼右近衛権中将・藤原時平様に仕える侍従である。
私の直の主の若殿・時平様はというと、何やら、六歳ぐらいの小さな姫に夢中。
宇多帝の別宅に訳アリで、隠し育てられている姫を溺愛していて、周囲に気づかれていないと思っているが、使用人はじめ母君・大奥様にもバレバレ。
若殿いわく「妹として可愛がっている」。
でも姫が絡むと、はたから見てもみっともないくらい動揺する。
従者としては、たかが小さな女の子に振り回されてる姿はいかがなものか。
今回は、薬って副作用があるのを忘れてると不意にビックリしますよね!というお話(?)・・・・ではないです。
夜中に積もった雪が、昼間にはすっかり溶けてしまったある日の午後。
宇多帝の別邸に出かけるという若殿と二条大路を歩いてた。
退屈しのぎに何気なく
「昨日の夜にちっちゃい雪だるまを作って寝たんです!
さっき見たら、変な形に溶けてて、まるで御虎子みたいになってました!蓋したやつです!
奇跡ですよっ!!」
歩きながら若殿は横目でチラッと私を見て、無視する。
チッ!気を引くのに失敗っ!!
再挑戦!
「奇跡と言えば、知ってますか?
『奇跡の団子』を作って、病の人々を救ってた蝶威王という住職が、その人々に殴り殺されたらしいんです!
もう一週間以上前の話ですけど。
従者仲間が言ってたんです!」
今度はクルリと顔を向けて私を見て
「蝶威王?龍磨寺の?死因はそんなことだったのか?奇跡の話も聞いたことがある。よしっ!これから龍磨寺へ行って詳しい話を聞こう」
方向転換して龍磨寺へ向かった。
龍磨寺は東寺・西寺ほど大きくはないが、五重塔や講堂、大門、や庫裏も備えた立派なお寺。
若殿は東大門を通って庫裏を訪れ、声をかけた。
庫裏のなかから僧侶が出てきたので、若殿が
「住職の蝶威王殿の死について、弾正台で調査すべきとの投書を受け取りました。役人の藤原平次と申しますが、お話を伺ってもいいですか?」
堂々と嘘をつく。
対応してくれた僧侶は、眉をひそめ、明らかに不機嫌そうな、ムッとしたへの字口になった。
不承不承に頷きながら
「では、上がってください」
中に通してくれた。
その僧侶は二十代半ばで、ニキビの痕がブツブツした頬をしてる。
資捨因という名の、ボソボソ話す暗い雰囲気の青年。
白湯を持ってきてくれて、円座に座る我々の前においてくれた。
若殿が
「先日、お亡くなりになったこの寺の住職の蝶威王殿の死因は何だったんですか?」
資捨因は不愉快そうに口をとがらせ
「自業自得なんです。
老師が湿痺(関節リウマチ)の薬だとして与えていた団子の中身が、汚らわしい、忌まわしいものだったことが判明し、それに腹を立てた患者たちが老師を責めたんです。
あの日、詰め寄った患者たちが老師を取り囲み、小突かれたり、怒鳴られたりしているうちに、老師は石に躓いて転び、運悪く石に頭をぶつけ、打ち所が悪くその日のうちに亡くなりました。」
あっ!
殴り殺されてはなかったのね?
若殿が面白そうに眉を上げ
「汚らわしい?団子の中身とは何だったんですか?」
資捨因は鼻の横にしわを寄せ、嫌悪の表情で
「髪の毛ですっ!!死人から集めたっ!!人を馬鹿にするにもほどがあるっ!!そんなもので関節の腫れや痛みが治るはずがないっ!!無知な民衆を欺いて、おぞましいものを食べさせたっ!!高徳で清浄無垢であるべき僧侶の風上にも置けませんっ!!」
ひぇっっ!!!
人の毛髪っっ???!!!
気持ち悪っっ!!!
若殿が考え込むように顎に指を当て、
「確か、湿痺証の治療は、唐独活・桑寄生を中心とした生薬を使うんですよね?」
資捨因は首を横に振り
「知りません!生前、老師は確かに、唐渡の唐人に医学を学んだことがあると言ってましたが、死人の髪の毛が薬になる話なんて聞いたことありませんっ!」
「病人への効果はどうでしたか?ありましたか?」
資捨因がジッと固まり、しばらく押し黙り、ポツリと
「・・・・ない、とは言い切れません。老師の『奇跡の団子』を一年以上食べ続けた人の中には、関節の腫れが止まり、痛みが無くなったという人もいました。ですがっ!最近食べた人たちは効果が無いと言ってます。すぐに効果が出ない薬など意味がないでしょう?」
う~~~ん。
気持ち悪いけど、痛みが無くなるなら、食べるかなぁ~~?
費用次第だけど。
若殿が
「蝶威王殿は高額な薬代を請求しましたか?」
(その2へつづく)