黙想の灯火(もくそうのとうか) その2~竹丸、言葉にすることの大切さを知る~
灯理は
「地方の名産品を京で売りさばく商売をするつもりだったようですが、あまり上手くいってなかったようですわ。あの女子は資金繰りに行き詰ってる殿を尻目に、まるで見捨てるように、サッサと郷里へ帰ったのです。」
え?
里帰りは出産のためでしょ?
それにしても火野の動向にやたら詳しい侍女だな。
我々は雑色・燭丸に火事の現場である主殿を見せてもらった。
焦げた跡のある畳・文机や屏風を見終えた若殿が
「火事の直後、文机の上には何がありましたか?」
燭丸は思い出すように少し考え
「読んでおられた書と、瓶子と碗?でしょうかね。うたた寝しているところへ何かのはずみで灯台が倒れて火がついたという弾正台の見立てです。」
北の方である光瑠といよいよ面会できるというので、元・頂点宮廷女房にやっと会える!のを楽しみにしつつ廊下を渡ってると、若殿が燭丸に
「侍女の灯理とその主の火野の関係はいつまで続いてたんですか?」
燭丸が苦笑し
「やはり気づきましたか?殿の結婚前までです。灯理は幼いころから殿の屋敷で世話になっていたそうで、末は正妻までとはいかずとも、側室にはなれると思っていたようです。ですが、奥様が結婚する時に、妻は自分一人だけという条件を殿に突き付けたそうです。灯理は泣く泣く殿と別れる羽目になり、奥様を恨み、嫌ってるんです。理解できますがね。」
北の対の屋へつくと、御簾越しに光瑠と対面することができた。
ちぇっ!
御簾越しかぁ~~~!
せっかくの美貌がよく見えないなぁ~~!
と思ってたら、御簾の奥から鈴を転がすようないい声で
「燭丸、御簾を上げてちょうだい。貴いご身分の方に、御簾越しでご挨拶するのは失礼ですから。」
燭丸がそそくさと御簾を巻き上げた。
やっと姿を見ることができた光瑠は、扇で顔を隠していたけど、目元は長い睫毛、パッチリした瞳の大きい二重の目、形のいい額、そしてツヤツヤの真っ直ぐな黒髪、と申し分のない美貌。
好奇心で目を輝かせ、ついつい見とれてしまってた。
そう言われれば、知的な雰囲気!
光瑠はお辞儀しつつ
「この度は、夫がご迷惑をおかけしております。まさか、頭中将様が直々にお調べになるとは存じませんで、わざわざご足労頂き心苦しく思っております。夫の死に不審な点があるなら、わたくしも知りとうございます。わたくしに答えられる疑問であれば、何でもお聞きになってください。」
若殿をジッと見つめてはいるが、ひそめた眉は心痛を隠しつつも気丈に振る舞っているように見えた。
若殿は無表情に
「火野殿は夜中に灯りを持った雑色と女が文机で書を読んでいたという怪現象を見たそうですが、心当たりはありますか?」
光瑠は数回瞬きしたあと、首を横に振り
「いいえ。二月ほど前から出産のために郷里に帰っており、あの火事のあった日の昼にこの屋敷へ戻ったばかりでした。それ以前にはそのような話は夫から聞いた覚えはありません。」
若殿は冷酷な表情で光瑠を睨みつけた。
「では、火野殿が自殺しやすいように、独りきりでここに残したんですか?」
光瑠はハッと大きく目を見開き、直後に苦しそうに眉根を寄せた。
怒りを含んだ口調で
「まさかっ!!使用人もおりますし、何より出産は穢れです!郷里でするのが常識でしょう?何を仰るのっ!!」
若殿はますます冷ややかな態度で
「火野殿は仕事で重大な過ちを犯し主計頭を解任され、出世が望めなくなり、収入が無くなってしまった。将来が不安になったあなたは、精神を病み、妄想を見るほど追い詰められていた彼を独りきりで屋敷に残し、そばを離れた。そうすれば絶望した火野殿は自殺すると思いませんでしたか?明確に、自殺に追いやる意志はなくとも、心のどこかでそれを望んでいませんでしたか?」
光瑠は瞳を潤ませ、激しい口調で
「違うっ!!そんなはずありませんっ!!彼が自殺したとでも言うのっ??!!子供が生まれたばかりだというのにっ??!!なぜ?なぜそんなことをっっ!!」
「瓶子と碗が彼の遺体のそばにありました。死ぬつもりで酒で毒を飲み込んだんでしょう。灯台を倒したのは意図的か、偶然かは分かりません。」
光瑠は涙をこぼしながら若殿をすがるように見つめ
「なぜ?彼はなぜ自殺なんてしたの?」
若殿は深刻な顔で
「火野殿は、おそらく、あなたと釣り合うような夫になろうとした。
大物公卿に愛され、宮中でも注目を浴び、才色兼備で向上心のある、有能な女性だとみなされていたあなたを満足させるには、将来、確実に議政官へ出世することのみならず、高収入で教養に溢れ、地位と名声を手にした自分であらねばならないと考えていたんでしょう。
そのくらいの夫でいなければ、あなたと暮らすことはできない、立派な男でなければ、あなたから見下され、見捨てられると怖れていたんじゃないでしょうか?
安定した高い地位から転落し、将来の見通しが立たなくなったちょうどそのとき、あなたが郷里へ帰ったことが、見放された証拠だと彼には見えたんじゃないでしょうか?」
光瑠はボロボロ涙を流し続けそれでも、キッパリとした声で
「バカです。あの人は・・・・、あの人こそ、わたくしを見損なっていたんです。そんなことで、職を失ったぐらいで、夫を見捨てるような女だと・・・・思われてたなんてっ!!!」
若殿はウンと頷いた。
「そうです。あなたは彼を見捨てる気などなかった。
何もかも考え抜いている聡明なあなたが、一生をかけて苦楽を共にする価値のない男性の子を孕むでしょうか?それだけでも、あなたは彼と一生を伴にしようと考えていた証拠です。
彼は、外面の条件だけであなたに選ばれたと感じていたんでしょう。
あなたが自分の内面を評価してくれてることに気づかなかった。」
光瑠は流れ続ける涙をぬぐうでもなく、嗚咽をこらえるでもなく
「・・・っっうっ、っくっ、っうぅっ、わ、わたしが、勤めに出れば済む話なのにっっ!!収入なんてっっ!!どうにでもなるのにっ!!なぜっ??なぜ、わたしと、子どもをっ!見捨てたのっ!!そばにっ、いてっ、くれるだけでっ、よかった、のに・・・・っぅうっ、ぅうううう・・・っ」
突っ伏して袖に顔を埋め、肩を震わせて泣き続けた。
夕焼けが昼間の温もりを残しながらも、冷え込み始めた帰り道、歩きながらふと
「内面も外面も分かったつもりで、好きになって結婚したはずなのに、お互いの気持ちが伝わって無かったなんて、二人の間で言葉が足りなかったんでしょうかね?」
若殿は
「他人が評価する自分の美点は、自分が評価する自分の美点とは、まるっきり違うのかもしれないな。」
ポツリと呟いた。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
自分についても他人についても、思い込みと決めつけ・勘違いは常に訂正する必要がありますよねっ!!
時平と浄見の物語は「少女・浄見 (しょうじょ・きよみ)」に書いております。