黙想の灯火(もくそうのとうか) その1~竹丸、大人の世知辛い事情を知る~
【あらすじ:職を失った直後のある貴族が怪しい灯火にまつわる怪奇現象を目撃したあと、火事に見舞われ不審死した。その貴族の妻は、以前は宮中でも超がつく有名人の、容姿端麗・才気煥発・上昇志向の元女房。不審死の原因を調べることになった時平様は、今日も慎重に看破する!】
私の名前は竹丸。
歳は十になったばかりだ。
平安の現在、宇多天皇の御代、日本で権勢随一を誇る関白太政大臣・藤原基経様の長男で蔵人頭兼右近衛権中将・藤原時平様に仕える侍従である。
私の直の主の若殿・時平様はというと、何やら、六歳ぐらいの小さな姫に夢中。
宇多帝の別宅に訳アリで、隠し育てられている姫を溺愛していて、周囲に気づかれていないと思っているが、使用人はじめ母君・大奥様にもバレバレ。
若殿いわく「妹として可愛がっている」。
でも姫が絡むと、はたから見てもみっともないくらい動揺する。
従者としては、たかが小さな女の子に振り回されてる姿はいかがなものか。
今回は、まず独断と偏見で決めつけた方が何事も速いんですよね!というお話(?)・・・・ではないです。
乾いた風が庭の枯草を揺らし、吹き抜けた。
頬が切れ裂けそうな、知らないうちに鼻水がでるような、冷たい風が吹くある日の午後。
侍所でゴロゴロしてると、弾正台の役人、巌谷が若殿を訪ねてきた。
出居に案内する途中、巌谷が庭の梅を見て
「そろそろ蕾が膨らみはじめたな。春は近づいてるなぁ。」
なんて言うけど、日差しの強さは半端ない!
直日にあたってると、汗が出そうになるくらい暑い!!
そのくせ夜は寒いっ!!
若殿を曹司から呼び出し、対面して座る後ろに控えて聞き耳を立てる。
巌谷が太い眉の下で大きい目をギョロッと動かし
「実は前主計頭だった火野という貴族が、数日前、自宅で就寝中、火事で焼死したんですが、その死に不審な点があるので調べることになりまして、頭中将さまのご意見をうかがいたく参りました。」
若殿が眉を上げ驚いた素振りを見せ
「不審な点?どういった点ですか?」
「普段は塗籠で寝ていたはずの火野が主殿で焼死体で見つかったこと、火事が起こったのは、妻が郷里で出産を終え、赤子を連れて帰ってきた直後だったという点です。」
「火事の程度は?」
「主殿の座所付近を焼いた程度で済んだらしいのです。文机に火野がもたれかかって倒れ込んだあと、衣に火がついたようです。火に気づいた侍女が騒ぎ、家人総出で火を消し止めたそうです。」
「死因は火事の煙を吸って?それとも既に別の原因で死んでいたところへ火がついたんですか?」
巌谷は首を横に振り
「わかりません。」
若殿はヨシッ!と立ち上がり
「では火野の屋敷へ行き、家人に詳しく話を聞きましょう。」
火野の屋敷に着くと、まず火事を発見した侍女・灯理に話を聞くことができた。
対応してくれた燭丸と名乗る雑色が、東の対の出居に通してくれ、灯理を呼び出してくれた。
若殿が口火を切る。
「火事を発見した時の様子を教えて下さい」
灯理はビクビクと若殿を上目遣いで見ながら
「殿は奥様が郷里へ出産にお帰りになって以降、
『よく眠れない』
『眠れそうになると変な夢を見る。灯りをもった雑色二人と女が部屋に入ってきて、女が文机に座り書を読むそばで、明かりを持つ雑色二人が立ってる。』
と仰ってました。
ですので普段から夜、目が覚めたときには、主殿を気にしておりました。
あの夜、夜中だというのに、中が明るい気がしまして、主殿に入りますと、火と煙が出ていましたので、驚いて雑色達を起こし、奥様にお知らせしました。
幸いボヤ程度で火を消し止めることができました。」
ん?
灯りを持った雑色?って火事の予知夢?
若殿が
「北の方が里帰り出産するという事は、この屋敷は火野殿の屋敷ですか?」
「いいえ。お二人が結婚する際に新居を購入し、費用を半分ずつ負担したと聞いております。」
巌谷がニヤケながら口を挟む
「頭中将様、言い忘れましたが、火野の奥方はあの光瑠ですよ!さる女御の女房として仕え、才色兼備で名高い!彼女は天性の美貌に加えて、話題も豊富、機転の利く受け答えで女御や公卿たちからも愛され、宮中でも常に注目の的で、漢文で書を読むのはもちろん、唐語も挨拶程度には話せるそうです。常に向上心を持ち、努力を惜しまず、尚侍の仕事にも関心を示していたそうです。その姿が目に留まり、さる大物公卿の愛妾だったという噂もあります。結婚前は女房の報酬に加え、贈り物や公卿からの手当てで収入は平凡な官人よりはるかに多かったでしょうな」
若殿がキョトンとして
「ではなぜ火野と結婚して宮勤めをやめたんですか?」
巌谷がギョロッとした目を丸くし
「火野が二十代という若さで主計寮の長官である主計頭へ出世したからだという話です。大物公卿といえど、正妻にはなれないので、将来、出世の見込みのある火野の正妻を選んだんでしょう。それに結婚・出産後も内侍司に勤めに出ることはできますしね。」
灯理が不機嫌そうに尖った声で
「あの女子は、自分が偉くなることにしか興味がないんです!常に注目を浴び、キラキラ輝いている自分が好きなんですわ!殿のことなど銭入れとしか思っていませんわ!現に、殿が主計頭を解任されてからは夫婦仲は冷え切っていました。」
『あの女子』?
主でしょ?
そんなにアケスケに揶揄って大丈夫?
巌谷が口を挟む
「確か実際に収納した税と記録上の税額が合わないなど、税収報告に間違いがあったらしいですね。それでせっかく上り詰めたと思ったのに、すぐに転落してしまった。火野はその後は何をしてたんですか?」
(その2へつづく)