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偽りの変化(いつわりのへんげ) その5~目に見えない怪異は実在する~

大室隗異(おおむろかいい)が私の動きを察知し、締め上げる腕に力を入れながら


「そう。権中将(ごんのちゅうじょう)は賢いな。

お前の言う通り、私の冬虫夏草は、生きた人間を食らう。

十二年前、父上とこの古墳を見つけ、準備した金属棒を差し込み扉を開けた時は興奮したものだ!

だが、古墳の入り口から中に入ると、大したものは無かった。

副葬品や石棺すらなく、あるのは干からびた死体とその口からニュッと伸びた、先の丸い白いキノコだった。

それよりも、私は、中の空気を吸い込んだその時から、自分が自分でないような不思議な心地になった。

身体が宙に浮き上がり、この世の外へ飛び出したような浮遊感を感じたんだ。

頭が痺れるような快感で眩暈がした。


そして若い男の声が聞こえた。


『男をここへ閉じ込めろ。男が死ぬまで開けるな』


(ささや)くんだ。


古墳の入り口を這い上がり、ふらつきながらも扉を閉めた。

中から開かないように、扉の上に、数個もの岩を運んで置いた。

一週間後、もう一度古墳の中に入ると、そこには、冷たくなり事切(ことき)れた父上が横たわっていた。

松明(たいまつ)で照らすと、皮膚の下にうっすらと、白い繊維のような菌糸が伸びていて、キノコがうまく寄生してくれたと思った。

それからは頭の中に


『続けろ!次々と人を連れてこい!』


と命じる声が四六時中、鳴り響いた。


古墳内の空気から離れ、一週間もすると、快感は薄れ、冷静になることができたが、それは恐怖の始まりだった。


冷静になってまず頭に浮かぶのは、父上を閉じ込め見殺しにしたこと、次に誰を閉じ込めるかを考えようとしていること、それを続ければ殺人を何とも思わない鬼になること。


父上を殺した後悔と殺人が見つかるかもしれない不安で夜も眠れず、何をする気力もなく、絶望と恐怖で全身の震えは止まらなかった。

この恐怖と絶望から抜け出すには、もう一度、古墳内の空気を吸うしかないと思い、不安や恐怖を感じるたびに中へ入り、やがて暇さえあれば入り浸るようになった。


私の冬虫夏草さえ栽培できれば、いつでもその胞子を吸う事ができ、快適に過ごせると気づいた私は、栽培方法を模索し始めた。

まず、人の死骸に生着するかどうかを試したが菌糸は伸びず、駄目だった。

次は生きた鼠、猫、犬、狐、狸、(いたち)、虫、蜥蜴(とかげ)、亀、蛇、と手に入る動物はすべて試したが、菌糸は生えなかった。

宿主は生きた人でなければいけないようだ。

生きた人間が呼吸して胞子を肺へ吸い込まなければ寄生できないようだ。

胞子を吸った人間が死んだあと、口からキノコが生え、胞子を飛ばす。

キノコの寿命は長く、二年半は持つが、それを過ぎると干からびてくる。

その時期に新たな苗床(なえどこ)となる生きた人間が必要になるのだ。

後は知っての通り、三年ごとに生きた人を与えた。

侍女、母上、妻、そして今、枯れかけた私の冬虫夏草(キノコ)に、このガキを与えてやろうとしてるんだ!

さぁ、その道具で扉を開けろっ!さもないと首をへし折るぞっ!!!」


ひぇ~~~~!!!

どっちにしろ殺すつもりでしょっ!!

すぐ殺すか、キノコに喰わせるかの違いだけでしょっ!!

いやだぁーーーーっっ!!

誰か助けてっーーーっっ!!


暴れることすら怖すぎて、真っ青でブルブル震えることしかできない。


頸には大室隗異(おおむろかいい)の腕が食い込む。


若殿(わかとの)がコの字型の金属棒を木の扉の穴に差し込みながら


「わかったから、落ち着け。ほら、こうして、持ち上げればいいんだろ」


言いながら、眉を上げ、ウンと軽くうなずくと、


ゴンッッ!!!


大室隗異(おおむろかいい)の顎が私の後頭(うしろあたま)にあたり、頸を絞めていた腕が開いて、私は前に投げ出された。


()いつくばって、できるだけ速くそこから逃げようとしてると、気づいた大室隗異(おおむろかいい)()って私を捕まえようと手を伸ばす。


「わぁっ!!」


掴まれた足首を振りほどこうと必死でバタバタ動かしてると、


ガツンッッ!!!!


若殿(わかとの)大室隗異(おおむろかいい)の顎を蹴り上げた。


大室隗異(おおむろかいい)はウッ!と(うめ)いて後ろにのけぞって倒れた。


仰向けに倒れおちた向こうには、修行僧の山棲坊(さんせいぼう)が立ってその様子を眺めていた。


大室隗異(おおむろかいい)を後ろから攻撃してくれたのは山棲坊(さんせいぼう)なのね!

ありがとーーーっっ!!

助かったぁーーーーっっ!!


若殿(わかとの)が気を失ってる大室隗異(おおむろかいい)を転がして、後ろ手にどこからか取り出した紐で縛ってる。

小袖(したぎ)の下紐?


それを呆然と見おろしている山棲坊(さんせいぼう)に、若殿(わかとの)


「ありがとうございました。竹丸の命を救ってくれて。」


山棲坊(さんせいぼう)が首を横に振り


「いいえ。そもそも私が怪異などを持ちだして、大室隗異(おおむろかいい)の侍女や妻の失踪を正当化したのが間違っていたんです。

弾正台(だんじょうだい)に失踪を届け出れば、もっと早く調査されて、竹丸どのに危険は及ばなかったかもしれません。罪滅ぼしと言っては何ですが、お役に立ててよかった。」


はぁ??

じゃあ


「侍女が亀になったとか、妻が猿に戻ったという話は全部嘘なんですかっ???!!!何も見てないんですか??」


山棲坊(さんせいぼう)はバツが悪そうにコクリと頷いた。


大室隗異(おおむろかいい)が身近な人間の行方不明を周囲に隠したいようだったので、話を合わせました。

九年前、屋敷に托鉢に訪れると、若い娘に声をかけられました。

手綱子(たづこ)と名乗り侍女をしていると言いました。

友人の侍女が(あるじ)に辞めたいと申し出て以降、行方不明になり、連絡が途絶えたというのです。

手綱子(たづこ)大室隗異(おおむろかいい)の屋敷勤めを辞めたいが、(あるじ)に願い出れば友人のようにどこかへ誘拐されるか殺されるかもしれないと怯えていました。

そこで亀になったことにすればあまりにも奇異な出来事に気を取られ、(あるじ)に行方を知られることも調べられることもないと、一芝居打つことにしたのです。

年配の侍女を(だま)したことになりましたが。」


どーりでっ!!!

あり得ない話だと思った!!

ってヤモリも嘘だし、嘘が多すぎるっ!!!


その後、意識を取り戻した大室隗異(おおむろかいい)弾正台(だんじょうだい)に連行し、事件は解決、我々は帰途についた。


すっかり冷え込みが強まり、寒さに震えながら、空を見上げると、さっきまで雪を降らせていた、モクモクした黒雲が、端を夕焼けに赤く染め、穏やかな一面を見せていた。


「今回の事件の関係者は嘘つきばっかりでしたね~~?」


若殿(わかとの)は眉をひそめ


「偽りの変化(へんげ)ばかりを語る人々の中で、唯一、真実の『変化(へんげ)』は、大室隗異(おおむろかいい)変化(へんげ)だけだったな。」


「何から何への変化(へんげ)ですか?」


「キノコは宿主が死ぬまでは、脳内に菌糸を伸ばし行動を操ることで利用し、死後は栄養源として利用するのかもしれない。

キノコの作用によって、大室隗異(おおむろかいい)は性格や行動が変貌した。


つまり、『人』から変化(へんげ)したんだ、


三年ごとに両親や身近なものを殺害する・・・・残酷な『鬼』へとな」

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

キノコってハイになる幻覚作用物質とか、毒とか、人間の神経伝達物質に、成分を寄せすぎてません?

時平と浄見の物語は「少女・浄見 (しょうじょ・きよみ)」に書いております。

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