偽りの変化(いつわりのへんげ) その2~竹丸、続けざまに怪異譚を聞き、食傷気味になる~
「十年か九年ほど前のことです。托鉢で大室隗異さんの屋敷を訪れると、若い侍女が失踪したので行方を探してほしいと、年配の侍女に頼まれました。失踪直前の様子を聞くと、暑い夏のことでしたから、若い侍女は盥に水を張り行水をしてたと言うんです。」
大室隗異が口を挟む。
「年配の侍女というのは今もいる砧という五十女です。料理や私の身の回り全般をしてくれています。」
山棲坊が『はい』と頷き、続ける。
「砧の話では、若い侍女の行水があまりにも長いので、様子を見に行くと、盥には水だけが残り、侍女の姿が無いとの事でした。そこで、その盥のある場所へ案内してもらい、私がその周囲を探し回ると、盥の外側に一尺(30cm)ぐらいの大きさの亀を見つけたのです。ですから、その侍女は何の因果かは知りませんが、前世の因縁によって亀になったのだと申し上げました。」
はぁっっ???!!!
行水しただけで人が亀になるの??!!!
ムチャクチャだっっ!!
テキトーすぎる!!
ビックリしてると、大室隗異が急にガハガハと大口を開けて笑い始めた。
「はっはっはっ!!面白いでしょう?!これこそまさに『怪異!』ですな!それだけじゃない!
山棲坊殿!三年前の妻の正体についても話してあげてください。」
大室隗異のギラギラした目で睨みつけられた山棲坊は、一瞬困惑した表情を浮かべたが、また咳払いをしたあと、話し始めた。
「そうですね。
あれはちょうど三年前のことでしたかな?小雪の舞うような日でしたから。
托鉢に訪れると大室隗異さんに引き留められ、ビリビリに破れた小袖(下着)を見せられました。そして、当時の奥方の仕業だと言われました。
私が
『なぜ奥方はそのようなことをなさったのですか?』
と訊ねると大室隗異さんは
『いやぁ!私にも訳が分からんのだ!突然、奇声をあげると、自分の衣を爪で八つ裂きにし、暴れ始めたのだ。庭へ飛び出そうとするのを必死で捕まえると、顔や体に爪を立てて引っかかれた。
痛くてたまらなくなり、思わず手を放すと庭の大きな杉の木へね、それはもう、ものすごい速さでよじ登ったんだ。人間離れした力と速さだった!』
と仰るので、その杉へ案内してもらいました。
その杉は十五間(27m)はあろうかと見える大きな杉でしたが、その葉の茂った枝の一部が風とは違う揺れ方をしておりました。
と思ったら、そこから大きな猿が飛び降りたのです。
その猿はものすごい速さで、軽々と庭の塀を超え外へ飛び出し逃げてしまいました。」
若殿が怪訝な顔で
「というと、つまり?」
大室隗異がまたガハガハと大声で笑い
「妻は猿が変化した姿だったんです!
無様なことに、ずっと猿を人間の女子だと思って娶っておったというわけです!はっはっはっ!!どうです?これも大した『怪異』でしょう?」
って笑いごとかっっっ!!??
猿が人間に化けてたの??!!
それを妻にして暮らしてたの??!!
あり得ないし、もし本当なら前代未聞の一大事でしょっ!!
何なの?
大室隗異の屋敷が怪異の無法地帯なの?
女子に化けた猿やら、亀になった娘、まだ聞いてないけど、黒い男になったヤモリだかイモリ??!!
この屋敷では変化し放題!!化かし放題!!なの?
若殿もムッとした不機嫌な顔つきで
「とりあえず、目的である厩番の銜丸に会って話を聞きましょう。」
大室隗異は山棲坊に目配せして別れ、我々を案内して門の中へ入った。
銜丸を呼んでくるからそこで待っててくれと言いおいて、侍所と思われる建物から二十代前半の雑色の恰好をした若者を連れてきた。
若者はペコリと頭を下げ
「銜丸です。ご案内したい場所がございますので、お話はその道中でさせていただきます。」
えぇーーーっっっ!!
また歩くのーーっっ??!!!
お白湯とお菓子休憩無し??!!!
ゲンナリしたけれど、銜丸が先導して歩くのに、横に並んで若殿が歩き、その後ろを私がトボトボついていくことになった。
京の都からすぐ郊外に出て、田畑に囲まれた道を進む。
銜丸はニキビの跡がボコボコした肌の、上あごが前にニュッと出た色黒の若者で、愛想笑いを浮かべつつ、きりだした。
「数日前、夜中に雨がやんだ日があったでしょう?
その日、厩に水が入ってないかを確かめに行ったときのことです。
入り口から入ろうとすると、壁にくっついていたヤモリが突如、みるみるうちに大きくなり、大人の男ぐらいの大きさになり、裸の人間を黒くしたような姿になりました。
驚いて、入り口から様子をうかがっていると、馬が出ないようにしているつっかえ棒を外し、馬を外に引き出すと、背に飛び乗り、腹を蹴って馬を駆けさせたのです!」
ヤモリ?
ってこの頃見かけないけど?
若殿がムッとした表情で
「そしてどうしましたか?」
銜丸は愛想笑いを引っ込め、無表情になり
「そして、あくる朝、厩に様子を見に行くと、馬が元通りに帰ってました。
路のぬかるみに足跡が残っていたので、消えないうちにと、足跡をたどりました。
足跡はこれからご案内する場所へ続いていたのです。」
語尾が少し震え声になったと思ったけど気のせい?
(その3へつづく)