朝堂の晦冥(ちょうどうのかいめい) その3~もめ事に第三者が介入し、話がややこしくなる~
島小弁は驚いたように目を見開き、すぐに冷静な態度に戻ると
「ええと、絹織物五匹(*作者注:30cmx12mの反物が一匹、15万円相当としました)でした。大江珠縁氏から受け取り、私が直接訪ねてキチンと廷子に渡しました。」
「廷子さんは納得していましたか?」
島小弁はふぅっとため息をつき
「ええ。もちろん。納得してましたわ!だって、実際何をされたわけでもないんですのよ!大江珠縁さんにそういう行為をしてくれと頼まれただけです。廷子がキッパリ断ったら無理強いはされませんでしたのよ!ですのに、もうこんなところは嫌だといって出勤しなくなりました。」
まぁ~~~、でも、ズルズルここに勤めていたら、いつかは実際の被害に遭ったかもしれないし。
辞めて正解かも?
何もされなかったけど絹五匹はラッキーだと思って、気持ちを切り替えるしかないかぁ。
思わず廷子の身になって考える。
話を聞き終え、内蔵寮を後にし、宴の松原を抜け、内裏の方へ向かう若殿に
「次はどこへ行くんですか?」
「当事者に話を聞きに行こう。まずは中務省へ行く」
内裏の真南に面する中務省を訪ねた。
が、中務大輔は既に退出していて話を聞くことはできなかった。
若殿が話しかけた役人が言うには
「屋敷を訪ねても誰ともお会いにならないそうです。
例の蔵司の女儒の件が朝廷中の噂になってから、大輔はできるだけ出仕を控えておられて、今朝も仕事を終えられるとすぐに退出されました。
屋敷へお行きになっても無駄足じゃないでしょうか。
我々も、誰に何を訊ねられても『例の件』については何も話すなと厳しく命じられてます。
でも、ま、噂以上の詳しいことは、実際何も知らないんですがね。
あぁっ!でも、ここだけの話にしてくださいよっ!大輔に一番可愛がられてる部下によると、『絹五十匹もその女儒に贈ったのに、世間に秘密が漏れてしまった』とこぼしてたそうです!
いや~~~!我々の身分からすると、目玉が飛び出るくらい高額な贈り物ですからね!たかが口止め料に?!と驚きましたが、出世するとそんなに儲かるもんなんですね!夢がありますよ~~!」
上司の噂でも他人事なので冷やかし気分でニヤニヤしながらこたえた。
アレ?絹五匹って言ってたけど?五十匹なの?
それにしても、高額な贈り物だなぁ~~!
絹五十匹なら大輔の年収ぐらいはあるんじゃないの?
それだけ支払っても口止めしたかったのに、どっかから漏れちゃったのねぇ~~。
誰がしゃべったの?
若殿が次に話しかけた、五十手前の役人は、困惑しつつもニヤケ顔で
「大輔殿とは大学寮からの付き合いです。
いや~~彼もねぇ、昔はあなたのような、絶世の美男子公達でしたよ!
当時は女子からモテてモテて仕方が無かったんですよ。
彼が女子に迫ってフラれるなんて、昔じゃあり得ません!
自分を無下にする女子がこの世にいるなんて、本人は今でも信じられないんじゃないですか?
つくづく歳は取りたくないですねぇ。」
目をつぶりながらウンウン頷き、しみじみ『老い』を噛み締めてた。
次に、我々は被害者である廷子の屋敷を訪れた。
板塀で囲まれた屋敷の、簡素な造りの門をくぐると、すぐ目の前に今にも崩れ落ちそうな高床の建物があり、格子が閉じられてる。
建物の前面には雑草が生い茂り、元は池があったのかな?と思われる場所は干上がって泥が溜まってた。
侍所や主殿の区別もつかないのでとりあえず、大声で
「あのぉ~~!頭中将の従者ですっ!!誰かいませんか?」
叫ぶとどこからか侍女が現れ応対してくれ、『頭中将が廷子に会いたがってる』と告げると、慌てて中に駆け込んだ。
侍女が帰ってくると、雑色がその後に出てきて、テキパキと目の前の主殿の格子を上げ、中に通された。
屏風を背にした円座に、若殿と私が着席するとすぐ、廊下を渡って廷子が現れた。
廷子は二十代に届かないぐらいの、多分美人。
堂子のように化粧が濃すぎて素顔が分からないから。
目の周りに墨で書き込みすぎて、目鼻など部位の原形はとどめていないと思う。
でもパッと見は、涙袋が可憐な、水際立った美女。
若殿が無表情に
「大江珠縁から嫌な要求をされたことを秘密にする見返りに受け取ったのは何ですか?」
いきなり切り込む。
廷子は瞳を潤ませ、上目遣いで若殿をジットリ見つめると
「ええと、絹織物五匹です。島小弁さんがわざわざ届けに来てくれました。
お約束しましたから、私は、誰にもそのことをお話してません!なのになぜ、どこから秘密が漏れたんでしょう?」
堂子と同じく、小首をかしげて若殿にすがるような目つきをする。
若殿は冷ややかな目で
「でも、記事によると知人・侍子さん(仮名)という方に相談したとありますが?
その侍子さん(仮名)が大江珠縁氏に口止め料の交渉をしたんですか?」
廷子は目を潤ませつつ、唇を尖らせ、人さし指を当て、う~~~ん、と考える仕草をし
「そうですわね。その方が大江珠縁氏から贈り物を受け取ればいいと提案されまして、その方にお願いしたんです。」
「その方のお名前は?教えてくれませんか?」
廷子はブンブンと首を横に振り
「ダメですわ!名前を出さないでくれと言われてますのに!」
はぁ?
じゃあ誰が流言飛語紙にしゃべったの?
侍子さん(仮名)が大江珠縁氏に口止め料を要求したのに、大江珠縁氏から受け取り廷子に渡したのは島小弁でしょ?
なぜ?
それに大江珠縁氏は『絹織物を五十匹渡した』と言ったのに、廷子さんは『五匹しか受け取ってない』と言う。
この食い違いは何?
(その4へつづく)