朝堂の晦冥(ちょうどうのかいめい) その1~竹丸、今話題の流言飛語(ゴシップ)に飛びつく~
【あらすじ:権力者が大枚をはたいて、自分にとって不利な出来事をもみ消そうとするのはいつの世でも『あるある』?真っ白な紙に落ちた一滴の墨を責めることさえ、不満が溜まってる人には、いいはけ口になる。時平様は今日も朝の光と闇に、眩暈を覚える!】
私の名前は竹丸。
歳は十になったばかりだ。
平安の現在、宇多天皇の御代、日本で権勢随一を誇る関白太政大臣・藤原基経様の長男で蔵人頭兼右近衛権中将・藤原時平様に仕える侍従である。
私の直の主の若殿・時平様はというと、何やら、六歳ぐらいの小さな姫に夢中。
宇多帝の別宅に訳アリで、隠し育てられている姫を溺愛していて、周囲に気づかれていないと思っているが、使用人はじめ母君・大奥様にもバレバレ。
若殿いわく「妹として可愛がっている」。
でも姫が絡むと、はたから見てもみっともないくらい動揺する。
従者としては、たかが小さな女の子に振り回されてる姿はいかがなものか。
今回は『誰が黒幕か?』は『騒動で得した人』を突き止めれば明らかですよねというお話(?)
ある晴れた暖かい冬の日の午後、若殿の曹司で、寝っ転がりながら流言飛語紙を読んでいた私は、
「ねぇ!コレってホントですかぁ?」
ムクッ!
起き上がって訊ねると、隣で文机に頬杖をついて書を読んでいた若殿が、視線だけをチラッと向け
「何だ?」
「後宮十二司の蔵司の女儒が、朝廷のある官庁の長官に性的行為を強要され、それが原因で精神を病んで休職してるって書いてあります!」
私の知識では
「確か、『後宮十二司』とは、女官だけで組織された後宮内の組織で、宮人の准位が最も高いのは蔵司で、以下膳司、縫司、内侍司・・・・と続くんですよね?」
若殿は私の博識ぶりに、感心したように目を丸くしたが、肩をすくめ
「それは昔の話だ。現在は、『天皇と後宮あるいは男性官人との連絡係を務める』内侍司が、『三種の神器を保管する十二司筆頭』の蔵司と同等かそれ以上になり、蔵司の女官といえば典蔵と女儒が数人だけのはずだが。」
「長官の尚蔵はいないんですか?」
「いや、どうだったかな?叔母上の藤原淑子さまが内侍司の長官・尚侍と尚蔵を兼任していたような?いや、まだしていないのか?」
そんな曖昧な情報はどーでもいいっ!!!
本筋に戻すっ!!
「で、その、蔵司の女儒に性的嫌がらせ?強姦未遂?したのは誰ですか?朝廷のある官庁の長官って!」
若殿は記憶の糸を手繰るように上を見て
「ええと、風の噂では中務大輔大江珠縁殿と聞いた覚えがある」
朝廷内の、意外と詳細な情報網にちょっと驚き
「えぇっ!!もう皆にバレてるんですか?流言飛語紙に書いてないのにっ!」
それとも若殿が異常に情報通なだけ?
若殿は得意げに口角を上げニヤッとして
「ああ。なんなら、もっと知ってるぞ!
その記事には間違いがある。
中務省の長官は中務卿だが、女儒に手を出そうとしたのはその下の中務大輔大江珠縁で、大江珠縁は女儒が上に性被害を訴え出ないように、黙らせようとして高額な贈り物をしたらしい。」
えぇっーーーーー!!
贈り物??!!
贈ったのに効果が無かったの?
よっぽど要らない、欲しくない物だったの??!!
売って銭にすればいいのにっ!!!
「被害を受けた女儒は贈り物が気に食わず、ベラベラしゃべったから記事になったんですかねぇ~~?!高額な贈り物は無駄でしたよねぇ~~!あっ!待ってください、記事の続きがあります!読みますね、ええっと、
『女儒・蔵子さん(仮名)は、ある官庁の長官・那賀司氏(仮名)のいる酒宴の席に呼び出され、上司の典蔵・典子さん(仮名)に那賀司氏の隣に座るように指示された。
蔵子さんが不本意ながら隣に座ると、那賀司氏が蔵子さんに対して性的な行為をするように要求し、蔵子さんが断ると、贈り物をするから今日のことは黙っていてくれと頼まれた。
蔵子さんは、知人・侍子さん(仮名)にこのことを相談し、侍子さんの助言に従って、那賀司氏から贈り物を受け取り、一連の出来事を秘密にする約束をした。
蔵子さんはこの出来事により、精神的に強い衝撃を受け、宮仕えを辞め、実家で療養せざるを得なくなった。
蔵子さんの所属する蔵司では、高級官僚に対するこうした性接待が常態化しており、蔵司は官僚らから何らかの利益を得ていたと思われる。
本誌は匿名の情報提供者からこの情報を入手した。
朝廷の高級官僚らへの性接待とその見返りとしての権力行使があったと思われる。
本記事は官僚らによる権力の私物化という問題の一部を暴くことができた。』
とありますっ!!『匿名の情報提供者』ってことは被害を受けた本人じゃなく、他の誰かが、流言飛語紙に暴露したんですよね~~!」
若殿が
「っう゛~~~~~っん゛っ!」
両手を上にあげ、伸びをしながら
「よしっ!これから、関係者に話を聞きに行くかっ!事実かどうかを」
えぇっ!!!
そんなことできるのっ!!
目をキラキラ輝かせ
「はいっ!!今すぐ行きましょっ!!」
(その2へつづく)