神使いの青鷺(かみつかいのあおさぎ) その3~偶然が重なり、病の子と母は救われる~
若殿がニヤっと口の端で笑い
「気比の話の続きはこうだ。
『私を置いて真夜中に外出した家主の若い娘が返ってくると、雷雨がやみ、辺りが白み始めました。
何かお礼をしなければ、と袿を脱ぎ、娘さんにお渡しして、そこを立ち去りました。
その後、私に付きまとった洋輪を訴えようと、こうして弾正台を訪れたのです。』
」
はぁ?!!
高熱の子供の様子を見に行かなくていいの?!!
気にならないの??!!!
それに、娘さんにあげた袿をなぜ白蛇が着てたの?
丸呑みされたとか?
それに付きまとわれた確証も無いのに洋輪を訴えたのっ??!!
ツッコミどころ満載!
でもそれより気になる娘の正体!!何なの?なぜ夜中に外出?
「家主の若い娘が夜中に外出した理由を気比は聞かなかったんですか?」
若殿が思い出すように少し考え、
「確か気比が言うには
『その娘さんはどこかの楽師で、太鼓奏者だったと思います。
外出前に訪問者があり、戸の外から
「人手が足りない。太鼓をたたいてくれ」
と声がし、娘さんはハイと返事をして出ていきましたから。
その後のことですわ!
暴風が吹き、雷鳴が轟き、豪雨が降りだしたのは!
ひどい嵐でした。
娘さんの身を心配しましたが、何事もなく帰ってくると、ちょうど嵐もおさまったのです。』
」
「えぇーーーーっっ!!娘さんが太鼓をたたくと嵐が起きるんですか?それって・・・・!」
雷神?
風神?
余りにも馬鹿げてるので口に出せない。
けどキラキラ目を輝かせる私を見て若殿が肩をすくめ
「物事の因果を『近いから』という理由で無理やり結びつけると間違えるぞ。」
「でも、気比と洋輪の話は不思議なことだらけですし、二人が口裏を合わせてないなら、なぜこんなことが起きたんですか?」
興味津々に尋ねたちょうどそのとき、目的地に到着し、若殿はあたりをキョロキョロと見回した。
古びた石造りのこじんまりとした鳥居が入り口にあり、奥には二体の石造りの狐の像、その奥には、屋根からつるされた本坪鈴に紅白の斑の鈴緒が垂れた小さな社のある神社だった。
「アレ?ここって、稲荷神社ですよね?」
若殿も眉をひそめ怪訝な顔で見まわし
「気比が勤め先と伝えた場所はここで、藤原何某という貴族の屋敷のハズだが?」
鳥居をくぐって中に入り、社近くでキョロキョロしてると、入り口の鳥居をくぐって一人の女性が入ってきた。
私たちに気づくと軽く会釈して横をすり抜け、鈴を鳴らして社に向かって手を合わせ、一心に何かを祈ってる。
小袖の腰に褶のような皺のある短い布を巻きつけた庶民の恰好。
裕福な貴族の女房の恰好じゃないから、まさか気比じゃないよね?
若殿が
「もしや、気比さんですか?」
その女性がハッ!としたように振り向き若殿を見つめ
「なぜ、私の名を御存じなの?」
「今朝、弾正台に訴えましたか?」
気比は悲痛な表情で首を横に振り、
「そんな暇はありません!息子が熱を出して苦しんでいるときに!弾正台だなんてっ!薬師を呼ぶ銭もなく、施薬院に行きたくても、心配で傍を離れられず、近くのこの神社へ神様にお願いに来るのがやっとですのにっ!!ああっこうしてはいられませんっ!すぐに戻らなくてはっ!失礼しますっ!!」
すぐに立ち去ろうとするので、若殿が慌てて
「少し話を伺いたいのでお伴していいですか?」
はぁ??!!
と言わんばかりの、嫌悪感まる出しの表情で気比に睨み付けられてる。
新手のナンパだと思われてる?
仕方ないよねっ!!??
若殿もそれに気づいたようにギクッ!とし、取り繕おうと
「他意はありません!あなたが今朝、弾正台に訪れ、洋輪を訴えたと聞いたものですから、事実確認にここを訪れたのです」
気比はますます驚愕の表情を浮かべ
「なぜ?洋輪の!私の元夫の名前まで?!あなたは元夫の差し金ですか?!」
気比が不信な顔つきで、慌てて逃げ出そうとソワソワするので、若殿は引き留めるのを諦めたように
「では、住所を教えてください。薬師をやりますので。代金は心配しないでください。お引止めして申し訳ありませんでした。」
『薬師を呼んでくれる』という利得と『ヤバい奴かもしれない』という危険とを秤にかけてしばらく悩んでいるようだったが、子供への愛情が勝ったらしく気比はホッとため息をつき、小路沿いに並ぶ二件向こうの貴族の屋敷を指さし
「あのお屋敷に仕えております。雑舎で寝起きしております。」
えぇ??!!!
雇い主の貴族は使用人の高熱の子供を無視なの?
世知辛いっ!!
ちょっと凹む。
若殿は懐から銭の入った巾着を取り出し、気比に渡し
「ではこれで、雑色を薬師の元に走らせ、呼びにやればいい。これだけあれば緊急で駆け付けてくれるだろう。」
気比は目を丸くして驚き、泣き出さんばかりに感謝して受け取り、何度も頭を下げて急ぎ足で屋敷の方へ駆けて行った。
「さすがっ!!関白殿の太郎君は気前がいいですねぇ~~~!ポンと大金をあげちゃうなんてっ!!」
感心してると、背筋が凍り付きそうな冷たい目で睨まれ
「バカなことを言うなっ!!あとで洋輪の勤め先の貴族を訪ね、給金から取り立てる。息子の養育費も天引きして気比に渡るように手配するつもりだ。」
あっそ。
気前は良くないのね。
取り立てる術を熟知してるだけで。
「でも、結局、じゃあ昨日の気比は誰だったんですか?本人じゃないなら生霊ですか?弾正台に生霊が現れて洋輪を訴えたんですか?」
ワンサカ残る不思議は全然っっ!解決してないっ!!
若殿がふと何かに気づき、お稲荷さんの神使である狐の石像に近づいた。
「これを見てみろ!」
指さす狐の頭の上には一枚のアオサギの羽根が、ちょこんとのっかってた。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
偶然に起きた事への解釈は人それぞれだけど、自分の解釈に従えば上手くいった!という人が、神仏への信仰が深くなるんでしょうねぇ。
時平と浄見の物語は「少女・浄見 (しょうじょ・きよみ)」に書いております。