神使いの青鷺(かみつかいのあおさぎ) その1~竹丸、怪しげな女の語るところを聞く~
【あらすじ:付きまとい被害にあい、弾正台に訴え出た女性の話は不思議なことだらけ。その話の真偽を確かめるために、女性の自宅へ向かった時平様と私が見つけた真実は、『偶然』の一言では片付けられなかった。時平様は今日もありがたくもお節介な偶然に導かれる!】
私の名前は竹丸。
歳は十になったばかりだ。
平安の現在、宇多天皇の御代、日本で権勢随一を誇る関白太政大臣・藤原基経様の長男で蔵人頭兼右近衛権中将・藤原時平様に仕える侍従である。
私の直の主の若殿・時平様はというと、何やら、六歳ぐらいの小さな姫に夢中。
宇多帝の別宅に訳アリで、隠し育てられている姫を溺愛していて、周囲に気づかれていないと思っているが、使用人はじめ母君・大奥様にもバレバレ。
若殿いわく「妹として可愛がっている」。
でも姫が絡むと、はたから見てもみっともないくらい動揺する。
従者としては、たかが小さな女の子に振り回されてる姿はいかがなものか。
今回はセレンディピティって下準備が無いと幸運が訪れてもそれに気付かないってことですよね?というお話(?)・・・ではないです。
ある日、朝政が終わり若殿が出てくるのを朱雀門で待っていると、若殿が出てくるなり
「これからある貴族の屋敷を訪れるが、一緒に来るか?」
「えぇっ?!!今すぐですかぁ?!!昼餉を食べてからじゃないんですかっ!!?」
命よりも大切な三度の食事を抜いてまで駆け付ける価値のある事なんて、決してっ!一切っ!誓ってっ!この世にないっ!!!
ぶぅっっ!
不満タラタラで口をとがらせると、若殿は面白そうに眉を上げ
『あっそ!じゃあ一人で行くことにする』
とでも言いだしそう。
だけど、意外な事にウンと頷き、
「わかった。じゃあ家に寄るから、厨から握り飯でも貰ってこい。」
というわけで、我々は一旦、関白邸に立ち寄り、私は厨から数個の握り飯を調達し若殿と合流した。
堀川小路を南に向かって歩きながら、おにぎりをモグモグ頬張る私に
「実は、さっき、弾正台付近で巌谷に会ってな、洋輪という男に後を付けられ怖い思いをしたから捕えて欲しいと、気比という女性から訴えあり、役人が洋輪を捕らえて、二人を別々に事情聴取した。
その証言におかしな点が複数あるから、気比の話が本当かどうか裏を取るため、気比が仕えていると話した貴族の屋敷を、私が訪れ調べることにしたんだ。」
「へぇ~~~!おかしな点って何ですか?モグッ!」
ハッキリ言って食べることに夢中で、若殿の話なんて背景音楽でしかないが、一応相槌を打ってあげる。
若殿がボソボソと話し始めた。
「巌谷によると、今朝、気比という女性が弾正台を訪れ、洋輪を捕まえてくれと訴えた。
気比は疲れ果て困り果てているとしきりに口にする割には服装に乱れも無く、何事も無かったような無表情で、落ち着いた佇まいだった。
大理石のようなすべすべの肌、後ろで束ねた髪は腰辺りまで長く、血色のない白い頬に、薄い眉、やけに赤い唇という妖しげな魅力のある三十代半ばの女性で、少し変わったところは鷺の羽根のようなものを耳に挿して飾りにしていたところだという。
身なりは裕福な貴族の屋敷に勤める普通の女房のようで、単を壺装束にしていたそうだ。」
フムフム。
モグモグ。
中身の具は昆布の佃煮!!
美味しーーーっっ!!!
おにぎりを堪能しながら、若殿の言葉を反芻し、衣をたくし上げて括り、裾を短く歩きやすくした壺装束姿の色白妖艶美熟女を想像した。
若殿が続けて
「気比は涼やかな切れ長の目を瞬きもせず、無表情のまま話し始めた。
『昨夜、真夜中近くのことですが、突然、子供に高熱が出まして、なかなか下がらないものですから、このままでは死んでしまうかもしれないと不安になり、薬師をよぼうかと考えました。
ですが、夫は子が生まれる前に、私どもを捨てて出ていったきりなものですから、私一人の給金では薬師を呼ぼうにも足りず、弱り切り、困り果て、助けを求めて、小路を彷徨い歩いておりました。』
」
ん?
違和感?
苦しんでる子を家に一人でほったらかしで、外をうろつくのもどうかと思う・・・・けど、
『傍についててもしてやれることはない!』
し、
『不安でどうしようもない!』
なら、誰でもいいから助けて欲しいと、ジッとしてられない気持ちはわかる。
モグモグ食べるだけで何の異論もない私を、チラッと確認し若殿が続ける。
「気比が言うには、
『そうしますと、目の前に一羽の立派なアオサギが降り立ちました。
神の御使いかと思われるほど大きく、堂々たるアオサギです。
私の目をジッと見つめ、何か言いたげでした。
しばらくすると大きい羽を広げ、ゆっくりと羽ばたき、まるでついてこいと言わんばかりに飛び立ったのです。
私はアオサギに導かれるまま、そのあとについていったのです。』」
う~~~ん、
「アオサギと言えば、私の胸ぐらいの高さの、くちばしと首と足の長い灰色っぽい鳥ですよね?突然、目の前に舞い降りたらビックリしますよね~~!モグッ!ちょっと神々しいですしぃ!」
若殿が軽くうなずき
「気比がさらに言うには
『しばらく一本道を歩きますと、辺り一面を枯草に覆われた野原に出ました。
そのとき、誰かに後を付けられている気配を感じました。
振り返りましても、はっきりと姿は見えませんが、あれは私を捨てた夫の洋輪のようでした。
誰もいない、このような物寂しい場所で、襲われたらどうしようと恐怖を覚え、せめて満月の光が届かない、闇夜であればいいのにと願いました。
するとなぜか、
「水たまりに映る月を隠せばいい」
と頭の中に声がしました。
(その2へつづく)