狐狸の香木(こりのこうぼく) その1
【あらすじ:届け物配達でミスがあったと責められたけど、ちゃんとこなしたハズなので絶対冤罪!ただの贈り物だと思ったけど、それが基経様の大事な政治的根回しだったというから大変!朝廷の決定を左右してしまったらしい私のクビは果たしてつながるのか!?時平様は今日も理性で本能を躍起になってねじ伏せる!】
私の名前は竹丸。
平安の現在、宇多天皇の御代、日本で権勢随一を誇る関白太政大臣・藤原基経様の長男で蔵人頭・藤原時平様に仕える侍従である。
歳は十になったばかりだ。
私の直の主の若殿・時平様はというと、何やら、六歳ぐらいの小さな姫に夢中。
宇多帝の別宅に訳アリで、隠し育てられている姫を溺愛していて、周囲に気づかれていないと思っているが、使用人はじめ母君・大奥様にもバレバレ。
若殿いわく「妹として可愛がっている」。
でも姫が絡むと、はたから見てもみっともないくらい動揺する。
従者としては、たかが小さな女の子に振り回されてる姿はいかがなものか。
今回は『女狐』や『泥棒猫』には抗いがたい魅力がある!?というお話(?)。
暑すぎず寒すぎず、ちょうど心地いい気候の春の日、昼餉を食べ満腹になった午後、ウトウトしながら、いい声で鳴く磯鵯の歌に耳を傾けていた。
自分の対の屋で寝転がって『漢書』を読んでいる若殿の少し離れた横で、同じように寝転がって『草子(絵入りの物語)』を読み、まったりとすごしていると侍女がやってきて御簾越しに
「若様、殿が四月x日に文使いをした使用人を探しておられます。
竹丸がそちらにいましたら主殿に来るようお伝えくださいませ。」
若殿が上半身を起こし私に向かって
「だそうだ。行ってこい。」
「ふゎ~~~い!・・・むにゃむにゃ」
起き上がって欠伸と伸びをしながら立ち上がって主殿に向かった。
主殿の前の廊下まで来ると、御簾の中から
「あとは誰だっ!まだ来ておらんのはっ!竹丸っ?!あの童の従者かっ!」
大殿が怒り狂ってる声が聞こえる。
何かやらかしたかなぁ~~~~。
怖いなぁ~~~~。
逃げようかな~~~?
でもどうせすぐ見つかるしなぁ~~~。
何とかごまかせないかなぁ~~~。
色々考えた末、御簾を押して入り
「竹丸でございます。お呼びと伺いました。」
正座しつつすぐさまペコリと頭を下げた。
大殿は胡坐をかき扇で膝を一本調子で叩きイライラを紛らせていた様子。
私を見て眉をひそめ
「よし、お前で最後だ。全員揃ったな。」
睨みつける。
正座したままズリズリと手で進み、大殿の前に横一列に並んで正座してる使用人たちの列に加わった。
他に三人の使用人が正座してて、全て大殿や若君たちの従者だったり、文使いや贈り物の配達に出かけたりする外回りの多い者たち。
大殿が怒りを含んだ静かな低い声で話し始める。
「お前たちは全員、四月x日に届け物の使いにでた者たちだな?」
チラチラと他の使用人の顔をうかがいながらもその通りなのでウンと頷く。
「素直に白状すれば他の者は許してやる。仕事をさぼって届け物をしなかった者は誰だっ!!」
怒りを抑え込んだ、だからより一層怖い、静かな詰問にすくみ上ってビクビクしてる私たちを一人ずつ睨みつけた。
(その2へつづく)