丑寅の隠(うしとらのおに) その6
若殿はニッコリと微笑み
「土が爪や袴の裾に入っていたかを見たわけじゃなく、裾を確認していいか?と質問したときの仕草を見ていたんだ。袴に土が入っているはずはないと頭ではわかっていても、間一男は思わず袴の裾から土を落とす仕草をしたんだ。
その仕草をしたのは間一男だけだったからな。
犯人でなければ土がどこに付いていても気にしないだろう?」
間一男はまだ不服そうに
「そんなもんで疑われちゃあ誰だって犯人だぜ!れっきとした証拠を出してもらおう!」
食ってかかる。
さっきから眉をひそめ苦悩の表情で間一男を見ていた北の方が
「ねぇ!もう罪を認めましょう!わたくしも夫の殺害の責めを負います。
・・・・全てお話します。
弾正台のお方が先ほど仰ったように、今まで間一男とわたくしは密かに逢瀬を重ねておりました。
昨夜も塗籠で二人で過ごしておりましたところ、夫が突然乱暴に妻戸をあけ放つと間一男に向かって刀子を振り回し襲い掛かりました。
間一男は自分の身を守るために反撃しただけでございます。
それがあのような不幸な結果につながりました。
事故なのです!
夫が穏やかに問い詰めてくれていたら、このような悲劇は起こらなかったと思います。ウッウッ・・・・」
床に突っ伏して泣き崩れた。
間一男は忌々しそうに北の方を睨み付け
「バカな女だなっ!白状しなけりゃバレねぇのに!チッ!」
・・・・こんな男を気に入って一の従者にしてた紀成夫の気が知れない。
粗野でならず者という欠点を補って余りある長所があるのかな?
今のところ不明。
私のように可愛らしく、頭のいい、聞き分けのいい甲斐甲斐しい従者ならまだしも。
欠点と言えば、ちょっとだけ食い意地が張ってたり、若殿を利用して自分の株を上げようとしたり、関白家の名を使って利益を得ようとしたり、美味しいものを食べようとしたり、めんどくさがりで出不精な・・・・ってだけだし(?)。
弾正台の巌谷に犯人たちを引き渡しすべてが一件落着!した帰り道、あっ!と思い出し
「そういえば紀成夫が書き残した『弓削是雄』様と『丑寅の鬼』には何の意味があったんですか?」
「弓削是雄様は占いが得意でこんな逸話を聞いたことがある。
『穀蔵院の役人・伴世継が東国に食封の徴収に出かけた帰り、弓削是雄様と同宿し夢占いをしてもらった。
それによると世継の家には命を狙うものが丑寅の隅に隠れているから、家の丑寅の角に怪しい隠れ場所を見つけたなら矢を弓につがえて狙い『出てこなければ射殺する』と脅すようにと忠告された。
世継がその通りにすると、妻の浮気相手の手下の法師が隠れ場所の菰の中から現れた(*作者注「今昔物語 巻第二十四 本朝 付世俗:天文博士弓削是雄、夢を占ふ語、第十四」)』という。
紀成夫がそのことを念頭におき、紙に書き付けたとしたら、妻の浮気を疑っていたという事。
犯人のうち一人は北の方だろうと考えた。」
「じゃあ『丑寅』だけでいいでしょ。『鬼』は何のことですか?どこにもいないじゃないですか!」
「魑魅魍魎の『鬼』じゃなくその語源の『隠』という意味だろう。」
・・・・ほぉっ!
へぇ~~~!そういう意味があったのぉ~~!と納得+感心。
すっかり日が暮れ、暗くなった空から百種の穀物を芽吹かせる恵みの雨がポツリポツリと落ちてきた。
関白邸へ走れば濡れない距離なので急ごうとすると、若殿は逆に足を止め夜空を見上げた。
雨粒に顔を洗われながら
「ひょっとすると植物だけでなく、長い冬の間、心の奥に硬くしまい込まれていた『間男への殺意』まで
『穀雨』が芽吹かせてしまったのかもな。」
ポツリと呟いた。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
平安時代は国家公認の超能力者=陰陽師がフツーに民衆から称えられてたんですよねぇ!
現代でも超自然能力がある人はいるけど、そういう人ほど目立とうとはしないですよね!
時平と浄見の物語は「少女・浄見 (しょうじょ・きよみ)」に書いております。