丑寅の隠(うしとらのおに) その5
若殿は北の方を主殿に呼び出し、今度は御簾を隔てず対面することになった。
紀成夫の北の方は白い豊かな頬と烏の濡れ羽色ともいわれる黒々とした長い髪が印象的な、それ以外は取り立てて何も言う事のないフツーの三十半ばぐらいの女性。
扇で顔を隠し口をつぐんでいる。
若殿が冷ややかな一瞥を北の方に呉れ
「あなたの相手が誰なのかを突き止めるのに少し手間取りました。間一男!入ってくれ!」
御簾を押して間一男と呼ばれた男性が入ってきた。
間一男はさっき面接したときにも見かけた、三十半ばで日焼けした逞しい体格の、確か紀成夫の一番の腹心の従者だったかな。
つまり若殿にとっての私みたいなもん!
さっき聞いた話ではxx国にいる紀成夫から京にいる北の方への文や贈り物を届けるために頻繁に行き来してたらしい。
あっ!それで?じゃあ北の方と間男してたのが間一男ってこと?
と合点したけど、もしかして紀成夫を殺したのも間一男なの?
大人しく耳を傾ける。
若殿は間一男と北の方を交互に睨み付け
「どこかに間違いがあれば訂正してください。
昨日の晩、家人の誰にも知らせず秘密裡に帰宅した紀成夫は塗籠から物音がすることに気づき、気配を殺し塗籠の様子をうかがった。
そこであなたたちが密会していると確信していたんでしょう。
あなたがたが塗籠で密会している最中、紀成夫が押し入り間一男を刀子で刺し殺そうとした。
間一男が反撃しもみ合った末、逆に紀成夫の腹を刀子で刺し殺した。」
北の方が扇を下ろし怒りに震えながら
「な、何を証拠にっ!根も葉もないでっちあげはやめてちょうだいっ!密会だなんてっ!そんな恥知らずな事っ!!」
間一男は黙って若殿を睨み付けている。
若殿もにらみ返し
「証拠なら、北東に置いていたヒイラギの植木鉢が落ちていたことがもみ合った証拠です。
もみ合った拍子に体がぶつかりずれた几帳は元の位置に戻したようですが、その後ろにあったヒイラギの植木鉢は見落としたようですね。」
間一男が鋭く
「たったそれだけで?誰かが塗籠で暴れた形跡はあっても、オレと奥様がナニしてたという証拠はないだろ?」
若殿が腕を組み
「紀成夫が家人の誰にも知らせず突然帰宅したのが証拠だ。
紀成夫は北の方と誰かの浮気を疑っていたが、間男が家人の中にいると考えたんじゃないか?
だから近い者たちの誰にも知られないよう行動した。
xx国と都を頻繁に行き来するお前を特に疑ってたんだろう。
後をつけるように帰京したところからみても。」
間一男がふてぶてしい態度で
「だから、昨日、紀成夫を殺した証拠はどこにあると言ってんだよっ!その女が誰とヤッてたかなんて知ったこっちゃねぇだろっ!オレを殺人の犯人扱いすんなっ!」
若殿がニヤリと笑い
「昨日、紀成夫を殺した後、塗籠から慌てて逃げる途中、廊下にある植木鉢を蹴倒しこぼれた土を入れなおしただろ?」
間一男がイラついた表情で
「知らねぇ!何のことだっ!」
若殿が何食わぬ顔で
「いや、さっき質問しただろ?」
思わず口をはさみ
「ですけどっ!あの質問では何もわからなかったじゃないですかっ!土が爪に入ってても昨日じゃないかもしれないし、袴の裾のシワの間に土が入ってる人は一人もいませんでしたよっっ!」
・・・あっ!若殿を窮地に追い込んだかしら?
(その6へつづく)