丑寅の隠(うしとらのおに) その4
若殿が何でもないことのように説明してくれた。
「弓削是雄様は現在の陰陽寮の長官、陰陽頭だ。『うしとら』は方向を示す丑寅だろうな。『おに』は・・・・」
丑寅?つまり北東!つまり鬼門!から鬼が入ってきたんだっ!
自分の説が正しい予感にゾクゾクと鳥肌が立ち
「陰陽師に鬼を派遣されて襲われた説!が正しいんですよねっ!きっと!」
興奮が止まらない。
若殿は私の興奮を無視して文を読んだり、狩衣やヒョウタンを調べたりしてた。
主殿の南側の廊下から
「うぇ~~~~~~ん!どうしてぇ~~~!誰がやったの~~~~っ!!」
子供が泣く声が聞こえた。
私が出ていくと八つぐらいの下げみづらの童装束の子供が廊下に座り込んで泣いていた。
その目の前には直径五寸(15㎝)ぐらいの小さい植木鉢に土を入れたものがあった。
そばにしゃがみ込み
「どうしたんですか?植木鉢がどうしたんですか?」
その子がチラッと見て
「お前はだれ?どうしてここにいるの?わたしの瓜の芽を抜いたのはお前か?!」
いきなり名指しで犯人呼ばわりとは感じの悪い子供だっ!
ムッとして
「私は竹丸です!弾正台の役人の従者です!初めてここに来たので若君の瓜の芽なんて知りませんっ!」
強めに言った。
私の剣幕にちょっとビビったのか
「昨日せっかくわたしの瓜の芽がでていたのに、今日見たら無くなってるんだもの!だれかが引っこ抜いたんだ!」
『これだから子供は!無知だからなぁ~~』
ヤレヤレと肩をすくめ
「きっとナメクジか何かの虫が食べたとか腐って枯れたとかですよ!ちっちゃい瓜の芽をひっこ抜くなんて面白くないこと誰もしませんよぉ~~~!」
嫌がらせにしても地味すぎる!
どうせなら実が熟してもうすぐ食べ頃というときに頂いて食べたいっ!
若殿も廊下に出てきて私たちを見て
「そう言えば今は『穀雨』つまり『雨が百種の穀物を生じさせる時期』だな。竹丸も瓜の種をまけばいい。」
私は若殿をジロッと睨み
「私一人で全部食べてもいいんですよねっっ!さっそく帰ったら庭に種を播きます!」
許しを得たので関白邸の神仙島に見立てた庭の蓬莱山の周りを瓜畑に改造する宣言をした。
だって蓬莱山の仙人だって瓜は食べたいよね!
「ちょっと見せてくれ」
若殿が植木鉢に指を突っ込み土をかき混ぜると、中から小さい丸い二枚の葉っぱと細い白い根がついた瓜の芽が出てきた。
若君が
「あっ!埋まってたの?なぜ?だれがやったんだろう?」
と不思議がった。
若殿は
「昨日最後に瓜の芽を見たのはいつごろ?」
若君が
「ええとね、寝る前だから、夜だよ!」
何とゆー正確性・客観性を欠いた答えだっ!
知性のカケラも感じられないっ!
これで私の少し年下だというのか?嘆かわしいっ!(ほんとは歳がいくつか知らないけど。)
目をつぶって首を横に振り、我が国の行く末を担う人材の資質不足を嘆く。
なのに若殿は満足そうにウンウンと頷いた。
次に若殿は侍女に
「屋敷中の男性使用人を全て呼び出して一人ずつ面接させてくれ。」
と要求し、主殿で一人ずつと面会し、質問した。
私はその横で控えてお手伝いする。
面接一人目の使用人に
「昨日から今までに土を触ったか?」
キョトンとした顔で首を横に振り
「いいえ。」
「指を見せてくれ」
言いながら使用人が両手を広げて差し出した指を調べてた。
「袴の裾を調べてもいいか?」
とわざわざ聞いた後、
「竹丸!袴の裾を調べてくれ。何かおかしなところがないか。」
私に調べさせ、調べてみたけど、袴の裾が破れてることも血で汚れてることもない。
指貫で引き絞った袴のシワの間にも別に何も挟まってない。
こういう面接を全員分繰り返したが、何のために何を調べてるのかサッパリわからなかった。
若殿は独り合点した様子で
「よしっ!全部わかったぞ。北の方に話を聞くとしよう!」
と言った後、侍女に何か耳打ちした。
はっ?!
何がわかったの?
紀成夫がxx国から瞬間移動して塗籠で死んでた謎が?
犯人が?それとも両方?
(その5へつづく)