丑寅の隠(うしとらのおに) その2
紀成夫はxx国介(次官)といっても親王任国だから実務上はxx国で一番偉い人。
屋敷は関白邸の割と近くにあるので裕福な貴族と言える。
妖術で間違えて関白邸に紀成夫の体が飛ばされでもしたらっ!!
・・・・面白かったのに。残念。
屋敷は典型的な造り(寝殿造り)で、侍所や主殿、複数の対の屋、加えて立派な庭も完備していた。
庭に生えてる木々の黄色っぽい新芽が夏の生命力の氾濫を予期させ、想像するだけでその熱量に気おされ眩暈を覚えた。
若殿が弾正台の役人の平次を名乗り
『紀成夫の死について調べたい』
と言うと出居に通され北の方と面会することになった。
御簾の向こうから艶のある高く上ずった声で
「何が何だか全くわかりませんの!主人はxx国にいるはずでしたのに、今朝、侍女が主殿の塗籠を掃除するために入ったところ、あ、あのような姿で・・・・!」
若殿が鋭い目つきで御簾越しに北の方を見ながら
「旅から帰った様相はありましたか?脛布や毛靴などの旅装束は?」
「いいえ!何も知りません!主人が亡くなったと聞いてから主殿に近づいてもおりませんもの!怖ろしくて!」
震える声で呟く。
う~~ん。ちょっと薄情じゃない?
最後に一目ぐらい見てあげるのがフツーでしょ?
長年連れ添ったんだし。
遺体は弾正台が引き取って詳しく検死してるらしいけど、死因はおそらく腹を刀子で刺されて出血したことによる失血死だとか。
「凶器の刀子は紀成夫の持ち物でしたか?」
北の方が答えるまで少し沈黙があり
「ええと、おそらくそうだと思います。見覚えありませんでしたけど。」
巌谷が凶器を北の方に見せたの?
見覚えないのになぜ紀成夫のものだと思うの?
若殿について主殿へと歩きながら
「巌谷の話では腹を刺されて仰向けになって死んでいたんですよね?眠ってるところを襲われたんでしょうか?」
何気なく訊いてみる。
「畳や褥がある寝所からは外れていたらしいから眠っている最中ではなさそうだ。」
「侵入者に気づいて撃退しようとしたところをもみ合ってやられたということですかね?」
若殿は眉をひそめ
「まだ何とも言えないな。」
主殿につくと若殿が
「紀成夫がいつごろ帰ってきかたわかるものや、犯人が誰でどこから侵入したのか、手掛かりになるものを探してくれ」
「ハイっ!」
いい返事をして探し始める。
三方が土壁でできている塗籠に妻戸を開けて若殿が入るのについて入った。
几帳と衝立で囲まれている寝所には畳に褥が敷かれてて、たまったような血の跡が付いてる部分の床は怖くてチラッとしか見なかったけど、そのほかの長櫃の中や几帳や衝立はよく調べた。
血がついてたのは几帳や衝立で囲まれた部分の寝所内だけだった。
塗籠を物置にして高価な貴重品、宝物をしまっておく貴族は多いけど、紀成夫は長櫃にすべてしまい込むタイプだった。
高価そうな皿や壺、金箔の張った箱や香炉、書画、硯など実用品、琴、笛などの楽器、鏡、玉、真珠などの宝物はきっちりと分類されて大きい櫃や小さい櫃にしまい込まれていた。
つまり暴漢に襲われてもみ合ったとしても痕跡は残ってない。
「寝てるところを襲われたんでしょうか?もみ合った形跡はないですよねぇ~~?」
「いや、こっちへ来てこれを見てみろ!」
若殿の硬くて低い声が几帳の向こう側の壁近くから聞こえた。
(その3へつづく)




