丑寅の隠(うしとらのおに) その1
【あらすじ:赴任先の遠国にいるはずの国司が京の自宅で殺害されて見つかった。弾正台の役人は『瞬間移動殺人!』と名付けて騒ぎ立てるが眉唾もの。鬼門からやってくる鬼は一体ここに何しに来るの?時平様は今日も怪奇現象に物申す!】
私の名前は竹丸。
平安の現在、宇多天皇の御代、日本で権勢随一を誇る関白太政大臣・藤原基経様の長男で蔵人頭・藤原時平様に仕える侍従である。
歳は十になったばかりだ。
私の直の主の若殿・時平様はというと、何やら、六歳ぐらいの小さな姫に夢中。
宇多帝の別宅に訳アリで、隠し育てられている姫を若殿は溺愛していて、周囲に気づかれていないと思っているが、使用人はじめ母君・大奥様にもバレバレ。
若殿いわく「妹として可愛がっている」。
でも姫が絡むと、はたから見てもみっともないくらい動揺する。
従者としては、たかが小さな女の子に振り回されてる姿はいかがなものか。
今回は『鬼門』って気にしてるのは日本だけですよね!というお話(?)。
卯月(四月)とは思えない苛烈な日差しが容赦なく肌を刺す。
少し動いただけで汗ばんだ肌を、寒気の名残が凛と心地よく冷ました。
そんなある日、弾正台の役人・巌谷が関白邸を訪れた。
太い眉を難しそうによせて口角の下がった不機嫌そうな顔で
「実は、頭中将殿にもってこいの難事件をお持ちしました。」
もってこいの?!
『鬼にさらわれたいたいけな美幼女を知力を尽くして取り戻す!』的な事?
腹の中でツッコむ。
実際には美幼女の『実の父親』が連れ去った(取り返された?)のを、這う這うの体で、何とか彼とか、半死半生になりながら、やっとこさ見つけだして、取り戻したことがあったけど。
よく考えれば宇多帝の姫は訳も分からず実の父親から引き離されて育てられてるから人権侵害も甚だしい。
その判定は未来の姫に任せるけど。
若殿は退屈していたのか楽しそうに笑みを浮かべ
「話を聞きましょう!」
巌谷が怒らせた肩から力を抜き、安堵した表情で
「紀成夫というxx国司がいるでしょう?まだ赴任中でxx国にいるはずの彼が、今朝、都の屋敷で死体となって発見されたんです!名付けて『瞬間移動殺人事件』です!」
大上段に構えたが
『イヤイヤ!ハードル上げすぎだって!瞬間移動してないから!絶対!時空をゆがめ離れた二地点をつなぐ穴みたいなの絶対ないから!』
冷めた横目で巌谷を眺めてると若殿が
「紀成夫が目の前に一瞬で現れたわけじゃないでしょう?誰にも知らせず帰京しただけでしょうおそらく。」
身も蓋もない。
巌谷はめげずに
「そんなことする必要がありますか?誰にも知らせず屋敷に入り、塗籠で下着姿で腹を刀子で刺されて見つかるだなんて!不自然ですよ!ワケが分かりませんよ!きっとxx国で妖術師から恨みを買い、呪詛され妖術をかけられ腹を刺されて殺された後、一瞬のうちに屋敷に飛ばされたんです!」
説明に熱が入りテンションが上がってる。
妖術っっ!?
見てみたいっ!!
・・・・でも人体を空間移動する妖術があるなら腹を刀子で刺して殺す必要はない。
心臓を空間移動させて体外に出せばいい。
怖っっ!
想像しただけで鳥肌が立った。
若殿は少し眉を上げ
「いいでしょう!面白そうだから調べてみましょう!」
私を連れてさっそく紀成夫の屋敷へ向かった。
(その2へつづく)