猿投窯の秘色皿(さなげようのひしょくざら) その6
骨董商人は目をギョッと開きギクリとしたが
「あの・・・?若君?一体何の話でしょう?猩子とは誰のことですか?」
若殿は何かを思いついたようにニヤリと口をゆがめて笑い
「そうか。ではお前には我が家の骨董を鑑定してもらいたい。」
立ち上がって大奥様の偽物の『秘色瓷』を手に取り、骨董商人に渡した。
骨董商人は恐る恐る皿を手に取り裏返したり目を近づけたりして鑑定すると
「これは、『越州窯青磁』ですが出来のいいものですからさぞかし高値でお買いになったんでしょう?」
とカチコチの笑顔。
私には厨から茶色っぽい皿を取ってくるように命じたのでその通りにした。
若殿がじゃあこれはと言って私が厨から取ってきた皿を渡し、骨董商人は念入りに調べた後
「これは『越州窯青磁』の偽物ですなぁ。騙されたんでしょう?私が持ってきた本物と交換して差し上げましょうか?」
と今度は心から嬉しそうなホクホク顔に見えた。
う~~ん。この骨董商人は偽物を本物と言い、本物を偽物と言う。
目利きが下手なのか嘘をついてるか。
どちらにしてもこんな商人から物を買う人はいないだろう。
若殿はどうするつもり?
と見てると骨董商人の腕をガッと掴み
「そこまでだ!我が家の陶器の大半を偽物にすり替えた罪で今からお前を弾正台に引き渡す。」
と宣言した。
骨董商人が狼狽える隙もなく続けざまに
「幸い証拠となる偽物の『越州窯青磁』を自ら持ってきてくれるとはなぁ。同じ窯で作られたものだと本物の目利きなら一発で鑑定するだろう。我が家にある偽物がどこの窯で作られたかを調べる手間が省けた。」
えぇ~~っ!と驚いたが
「じゃあ今もその偽物の『越州窯青磁』を大奥様に売りつけようと企んでたってワケですか?じゃあ猩子は関白邸から本物の『越州窯青磁』を持ち出し偽物とすり替えたということですか?コイツは本物の『越州窯青磁』を売って大銭を稼いでたんですか?」
話が全~~~~部つながった・・・が、最大のお宝!
「じゃ~あの!『秘色瓷』の本物はどうしたんですかっっ!アレだけは桁違いのお宝だったでしょっっ!」
とツバを飛ばし、本物の超ド級の唐土宝物の実在にワクワクした。
骨董商人がチッと舌打ちし
「あぁ、あれは偽物だよ。大した銭にはならなかった。白っぽくしてあるところが『猿投窯産の青瓷』にしては凝った作りだったがな。
こだわりの強い職人の精巧な模造品だとは認めるが、本物の『秘色瓷』ではない。」
肩をすくめ
「かくいうオレも実物を見たことは無いがな。『猿投窯産の青瓷』はあらゆる種類を見慣れているから間違うはずはねぇ。だから大した銭にはならなかったのさ、残念ながら。」
と嘯いた。
見たことないなら本物かもしれないじゃん!
・・・・ってアレ?もしかして!
「大奥様が割ったときには既に偽物とすり替えられてたんじゃないですかっ?」
大奥様を見るとずっとキョトンとして理解できてないよう。
若殿がオホンと咳払いし
「母上、母上が壊したと思った『秘色瓷』はすり替えらえた偽物でしたが、そもそも父上が購入したものも偽物だったかもしれませんし、気に病むことはありません。
それより我が家の陶器のほぼすべての『越州窯青磁』が猩子の手で偽物つまり『猿投窯産の青瓷』にすり替えられていたんですよ!損失としてはこちらのほうがゆゆしき事態です!」
全部をクッキリ理解した大奥様はポカンと口を開け呆けたまま二の句が継げずにいた。
まだ謎が残っていたので勢い込んで
「あの紙で包んだ陶器のカケラは何だったんですか?」
若殿はこともなげに
「あぁ、あれは銭になりそうな本物の唐渡陶器つまり『越州窯青磁』のすり替えを猩子に急かした秒読みだ。
猩子が関白邸から本物を持ちだし、月一回のxxx寺参拝で偽物と本物を交換、猩子が元の場所に偽物つまり『猿投窯産の青瓷』を戻したんだろう。
紙で包んだ陶器のカケラは
『正一』『正』『王』『干』『十』『一』
の順で送られてきたハズであれは一見、漢字のようだが意味はなく、文字の読めない猩子には棒の数で示したんだ。
『六』『五』『四』『三』『二』『一』
と一つずつ送り付けることで期限が近づいてると恐怖をあおったんだ。」
フムフム!
強制して嫌な事をさせるためには秒読みすればいいのかぁ~~!
悪知恵ゲット!
「猩子はすり替えを急かされ『一』になったので奴に襲われると思い怖くて夜逃げしたんですね!」
若殿が眉をひそめ
「仲間なら合流しただろうけど一方的に脅されて犯罪に手を染めていたのかもな。」
ともかく謎が全部スッキリして晴れ晴れした気分で
「でもまぁ器が漏れてて汁がこぼれるだとかすぐ壊れるだとかの実用上の不便が無ければ何でもいいっちゃいいですよね~~~!現に今まで誰も気づかなかったんだし。」
軽口を叩くと
若殿が眉を上げ
「あぁ!それに唐土の陶器に大金が動き、作る価値があると分かったわが国の工人は真似しようと必至で技術を吸収・改良し努力するから、釉薬を使用した陶器(施釉陶器)がわが国でもここまでに発展した。
大金をはたいて嗜好品を買いあさる父上の道楽もまんざら無駄とは言えないな。」
と面白そうに呟いた。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
紙にメモって思考(試行)錯誤するという贅沢は平安時代には誰でもできるワケじゃなかったんですよねぇ~~~。
時平と浄見の物語は「少女・浄見 (しょうじょ・きよみ)」に書いております。