猿投窯の秘色皿(さなげようのひしょくざら) その4
北の対に戻った若殿は大奥様に開口一番ニヤニヤしながら
「母上、父上の宝物である『秘色瓷』をどうしました?まさか壊したんですか?」
大奥様が愕然として顔を手で覆い泣き崩れた
「あぁ~~~っっ!気づいてしまったのねぇ~~~!悪気があったわけじゃないの!穏子が玩具だとおもって持っていた時にあんなに慌てなければ、床に落として割ることはなかったのよぉ~~~!でもわたくしにも穏子にももちろん殿の宝物を壊すつもりなどなかったわ~~~!うっうっ!」
穏子様と言えば今年四歳になる若殿の同腹の妹君。
子供が落としたなら仕方ないよね~~~!
でも大奥様の嘆き方はこの世の終わりみたいに大げさだった。
「あれ?じゃあどうして大殿にはバレてないんですか?」
若殿がフフンと鼻で笑い
「母上が偽装工作したからさ。ちゃ~~んとここに偽物が飾ってある。」
と言いながら北の対の厨子棚の上に青緑色の皿が飾ってあるのを指さした。
ふむふむ。大殿の『宝物』の偽物といっても厨でみた多くの陶器と同じくツルッとした表面の青緑色の皿で模様もなにもない。
チョット色合いが違うだけ。
厨で見かけたものの中にはまだ茶色っぽくて線が交差した模様が描かれたのもあったからそっちの方が高級そうなぐらい。
大殿が一体いくらつぎ込んだのかは知らないが、のっぺりとした普段使いの皿と変わらないものにすり替わっても気づかないぐらいの人が、果たして本当の『宝物』を持つに値する人なのか?大殿!!
まったく・・・・貴族の道楽は往々にして分不相応だ。
大奥様が緑の皿の破片が送られてきたのにビクビクしてたのもそれを思い出したからね!と合点。
若殿がその偽物の『秘色瓷』を手に取りジックリと調べながら
「ふうん。一見しただけでは父上の持っていた『秘色瓷』と似ているな。
しかしあれは唐の国でも宮廷内で制作され皇族しか所有できないという、わが国でも帝すら手にされたことがない破格の逸品だったんだが。
これはよくできている・・・だから父上も見分けがつかなかったんだな。だがよく見ると色合いが違う。
私の記憶によると本物はもっと白っぽい青緑色だった。
青が強い緑色のこれは『越州窯青磁』を真似てわが国で作られた猿投窯産の青瓷だな。」
初めて聞く言葉がいっぱい出てきたので混乱になって
「ええと、じゃあ『秘色瓷』は『越州窯青磁』のことなんですか?それを大殿が手に入れたのに、穏子様が壊したんですか?で大奥様が猿投窯で作られた青瓷を飾っておいたんですか?」
若殿はハハハと笑って
「いや今わが国の皇族や貴族達がこぞって買いあさっている『越州窯青磁』は正しくは『秘色瓷』ではない。
唐の国の越州にある窯で盛んに作られている青磁を貿易品として商人が購入しそれが『越州窯青磁』として世に出回っているんだ。
我が家にもさっき厨にあっただろ?『茶色っぽい緑色』の陶器だ。
高値ではあるが銭さえ出せばだれでも買うことはできる。
しかし父上がどのようにか入手した『秘色瓷』は幻の逸品、宝物の中の宝物、正倉に入っていてもおかしくない品だったんだ。まったく。我が家の全財産をつぎ込んでも足りないだろうものだったのにな。」
と少し残念そうにため息をついた。
もう少し詳しく聞くと、
「『秘色瓷』の作り方や釉薬の調合なども、宮廷の機密として扱い、口外してはならないとしたため、一般の人々が『秘色瓷』を目にする機会はなかった。」
らしいので、わが国で一般の書物や貴族達が呼ぶ『秘色青磁』は確かに唐渡の貴重なものであるが『越州窯青磁』のこと。
本物の『秘色瓷』は唐の国でも一般人には出回らないものなので大殿がもし本物の『秘色瓷』を持っていたなら歴史書に残るレベルだっただろう。
「さっき厨でみた茶色っぽい陶器は本物の『越州窯青磁』でそれ以外のいっぱいある陶器は『猿投窯産の青瓷』だったんですか?」
若殿はウンと頷き
「少し硬いものは白瓷だな。色はあまり関係ない。焼き上げる温度が白瓷の方が高い。」
へぇ~~~!と納得したがふと疑問がわいたので
「でも、大奥様は本物の『秘色瓷』を割ったあと偽物をどうやって入手したんですか?陶器に造詣が深かったんですか?知らなかったですけど。」
奥様に向かって無邪気に尋ねた。
(その5へつづく)