猿投窯の秘色皿(さなげようのひしょくざら) その3
若殿が『そういえば?』と思い出したように
「この破片と猩子の失踪が何か関係あるんですか?」
大奥様は眉根を寄せ心配そうに
「猩子がこの破片を初めて見たときから落ち着かなくなり悩んでいるように見えたの。そして昨日届いた『一』の破片を見た途端、居てもたってもいられなくなったようにソワソワし始めたと思ったら今朝姿を消していたのよ。何か関係があるんじゃないかと思ったの!」
と早口でまくし立てた。
ん?でも・・・と思って
「大奥様もこの破片にはビクビクしてましたよね?その原因は何ですか?何の心当たりがあるんですか?」
ド直球で聞くと大奥様は明らかに狼狽し
「バカねっ!何言ってるの?私がこの破片にビクビクしてるですって?あり得ないわ!心当たりなんて何もないわっ!」
若殿が興味を示したように眉を上げ
「母上、では猩子の行き先に心当たりはありませんか?懇意にしていた男性だとか、実家だとか、趣味だとか・・・・」
大奥様は狼狽から立ち直りシャキッとして
「そう!あの子って信心深い子で月に一度は参拝に出かけるお寺があったのよ!たしかxxx寺と言ってたわね。通ってきてた男性はなかったし、家族を幼いころに失くしたといってたわ。わたくしのことを母に尽くすつもりで奉公している、ここが我が家だと。だから出かけると言ったらそのxxx寺しかなかったわねぇ。」
恋人も家族もおらず信仰だけが心のよりどころって禁欲的で真面目な人だったんだなぁ。
楽しみは何だったの?
xxx寺に推しのイケメン坊主でもいたんじゃないの?
推しのイケメン坊主がいるならまずそのxxx寺を疑うべき!
若殿はニヤニヤしながら立ち上がりウ~~ンと伸びをしたかと思ったら、何気なくという雰囲気で北の対に飾られている骨董や大奥様の櫃や棚の中を調べ始めた。
大奥様も私もキョトンとしてそれを眺めていたが、一通り満足のいく調査ができたのか私に向かって
「これから厨にいって陶器の皿や器や坏を調べに行くがお前も行くか?」
「今更何を調べるんですか?ず~~~と前から関白邸にあるものでしょう?行きませんっ!」
言った後で、あっ!厨で夕餉の準備中?→つまみ食い可能食材あり?
「いえっ!喜んでっ!行きますっ!!」
といい返事。
厨でもあいかわらず食器棚に重ねて入れてある椀・皿・段皿・蓋・鉢・壺・手付瓶・水瓶など陶器でできたものを若殿は一つずつ手に取りジックリ調べてた。
私も手に取って調べてみたが普段若殿が使ってるので見慣れていて何を調べてるのかさっぱりわからない。
普通の、青みがかった緑の陶器や暗い緑色の陶器が多く、茶色っぽい緑色のも少数だがあった。
我々使用人が使う須恵器のようにザラザラの表面じゃなくツヤツヤとした層(釉薬:陶磁器などを製作する際、粘土などを成形した器の表面にかける粘土や灰などを水に懸濁させた液体)が表面を覆っていて光を反射しているのでやっぱり貴族様はいいものを使ってるという印象。
夕餉の支度に忙しそうな料理人たちは私たちを邪魔者だとしか扱ってくれず、つまみ食いでもしようものなら刀子(包丁)で指を切り落としかねない殺気立った雰囲気だった。
収穫なしでスゴスゴと北の対に引き返した私と違って若殿は揉み手しながら嬉しそうに歩いてた。
「猩子の失踪と関係のある何かがわかったんですか?」
「陶器破片は呪物でもなく母上を脅かそうという意図もない物だということが分かったが、気づかないうちに我が家で犯罪が行われていたことはゆゆしき事態だなぁ」
言葉とは裏腹に口笛でも吹きだしそうなくらい上機嫌だった。
犯罪の被害より謎が解けた嬉しさの方が上回ってるってこと?
(その4へつづく)