猿投窯の秘色皿(さなげようのひしょくざら) その2
若殿がその包みを一つ取り上げ捩じりをほどき紙を開くと中には青っぽい緑の陶器の破片が入ってた。
もっとよく見ようと若殿に近づき手を出すと渡してくれた。
一寸(3cm)四方ぐらいのひし形の端は円の一部のような曲線の、平べったい青みがかった緑色の破片で、表面には墨で文字が書いてあった。
「『干』と読めますよね?どういう意味でしょう?皿を割った破片ですかね?」
若殿が次のまた次のと全ての紙包みを開くと、中身はそれぞれ同じような青みがかった緑の陶器の破片で同じように文字が書かれていた。
若殿はそれぞれの包み紙もペラっと裏返して調べながら
「紙には何も書いてないな。普通の楮から作られた懐紙のようだが。文を書くなら普通は紙に書くが、皿のカケラに文字を書くとはどういう意味だろう?」
と考え込んだ。
怪しい文かぁ~~~差出人は誰だろう?
ハッと思いついて
「文使いの身元を調べればいいんじゃないですか?」
大奥様がもどかしそうにうなずき
「わたくしもそう思い、文使いが誰かを確かめさせたのですが、いつも違う子供が届けるのよ。
子供たちに話を聞くといつも違う容貌の人間が『関白邸の奥様宛に届けよ』と命じ、銭を握らせるそうなの。」
人を何人か間に介せば差出人が誰かわからずとも文は届くということか。
無視すればいいのでは?もしかして。
紙といえば私の知識では紙屋院とよばれる造紙所がなかった時代、二百年ほど前まで紙は量産されておらず貴重だったので壊れた陶器は文字を練習するために使ったと聞いたことがある。
「誰かが文字が書かれてある古い陶器を発掘して紙で包んで大奥様に送り付けたんでしょうか?」
う~~ん。考古学的な意味で?でも送りつける理由はわからない。
若殿が破片を眺めながら
「いや。墨が新しいぞ。最近書かれたもののようだ。土もついていないから昔の陶器を掘り出したものではなく最近作られた陶器の皿だろう。それに文字は全て違う。よく見てみろ」
私は一つずつ破片を読むとそれぞれ
『干』『十』『王』『正』『正一』『一』
と書いてあるように見えた。
大奥様がその破片を見て何か思い出したようにブルっと身震いし
「あぁっ!どういう意味かしら?太郎その破片は何に見える?お皿?よね?」
若殿がブツブツと
「大和国に都があったころ(奈良時代)、土器に墨で人の顔を描き川に流して都から疫病神や鬼神を追い出すまつりがおこなわれたと聞いたことがある。
それに倣って何かの穢れを祓うために文字を書いて川に流そうとしたが、意図があって母上に送り付けたのか・・・」
私が意気揚々と
「または単純に大奥様を呪う呪物として送り付けたとか?」
と瞳をキラキラさせて大奥様を見つめると、大奥様は瞼をピクピクと痙攣させキンキンとヒステリックな声で
「竹丸っ!お前はっ!またいい加減なことを・・・言わないでちょうだいっ!わ、わたくしが、誰かに呪われるようなことをしてるとでも言うのっ?」
ビクビクしながらヒステリックな声で怒るところが非常~~~~~~に怪しい。
大奥様に心当たりがあるのは確実!とほくそ笑む。
(その3へつづく)