猿投窯の秘色皿(さなげようのひしょくざら) その1
【あらすじ:文字が書かれた陶器の破片を一つずつ送られ続けた大奥様は、お気に入りの侍女の行方不明も重なり恐慌をきたす。大枚を惜しみなくはたき名品珍品宝物を集めまくる関白様の骨董道楽にも陶器製法の技術発展という利点がある?!母君に心の平安を取り戻すことができるのか?時平様は今日も空騒ぎを冷笑する!】
私の名前は竹丸。
平安の現在、宇多天皇の御代、日本で権勢随一を誇る関白太政大臣・藤原基経様の長男で蔵人頭・藤原時平様に仕える侍従である。
歳は十になったばかりだ。
私の直の主の若殿・時平様はというと、何やら、六歳ぐらいの小さな姫に夢中。
宇多帝の別宅に訳アリで、隠し育てられている姫を若殿は溺愛していて、周囲に気づかれていないと思っているが、使用人はじめ母君・大奥様にもバレバレ。
若殿いわく「妹として可愛がっている」。
でも姫が絡むと、はたから見てもみっともないくらい動揺する。
従者としては、たかが小さな女の子に振り回されてる姿はいかがなものか。
陶器窯の薪のように資源をめぐる裁判は平安時代からあったんですってね!というお話(?)。
ある日、朝政から帰るなり、待ち構えていた大奥様の侍女が
「若様!お待ちしておりました!奥様がご相談したいことがあるとのことです。できれば今すぐ奥様の対の屋へいらしてください!」
待ちくたびれてイライラしたような表情で若殿に言った。
若殿は沓脱で縁に座り込み侍女をチラッと見てウンと顔だけで頷き、私が沓を脱がせると北の対へ向かってサッサと歩いていった。
私も若殿の沓を片付けもせずほったらかしたまま急いで廊下に上がり追っかけた。
だって、面白いことがあるなら見逃すワケにはいかないっっ!
疾走っっ!!
北の対では御簾越しに話声とサヤサヤと衣擦れの音がし、私は御簾をちょっと押してコソっと中にはいった。
若殿が座っている前を大奥様がウロウロと行ったり来たり歩きながら落ち着かない様子で
「・・・・でね、猩子が昨日の夜中に何も言わずどこかにでかけたまま戻らないの!あの子は文字も読めず教養もないけれど、針仕事や着付けのような細々した仕事は上手な手先の器用な子だから重宝してたのよ。」
「家に来て何年ですか?」
「そうねぇ~~五年?六年になるかしら?」
使用人仲間で大奥様付きの猩子は私も知ってる。
北の対に几帳や衝立で仕切られた自分の房までもってる大奥様のお気に入り女房。
歳は二十代半ばから後半だったと思う。
容姿はごく普通の平凡な、あえての特徴は目が細くていつも微笑んでるように見える人。
お菓子をくれたこともないから、付き合いもないし興味もないし人柄も知らない。
・・・・まさか!美味しいものをくれた順に私の『好きな人番付』は順位付けされているのでは?
疑心暗鬼。
若殿は欠伸が出そうなぐらいめんどくさそうな声で
「まだ半日も立ってないでしょう?明日まで待ってみてはいかがですか?」
大奥様がピタッと歩くのをやめキッと若殿を睨み付け
「戻ってこないつもりよっっ!だって、自分の持ち物を全部持って出ていったんだからっっ!!」
ヒステリックに言い放つ。
若殿が肩をすくめ
「じゃあ私にどうしろと?本人が出ていきたいなら行方を探しても仕方がないでしょう?戻らないでしょうし。」
大奥様が何も言わずクルッと踵を返しテキパキどこかへ行ったとおもったら文箱を持ってきて若殿の前まで来ると蓋をカパッと開け箱を逆さにして中身を床にばら撒いた。
ポトポトポトポトッ!!
紙で硬いものを包みクルクルと上を捻ってある『何か』が数個、若殿の胡坐の目の前に落ちた。
(その2へつづく)