石龍の花嫁(せきりゅうのはなよめ) その8
私が古文書と睨めっこして考え込んでると若殿が突然
「白陀に話を聞きに行くぞ」
というのでついていった。
侍所で対面して座り白陀に向かって若殿が一枚の文を袂から出し白陀の前にヒラリと落とすと
「この文によると、体が大分弱っていたようですね?」
白陀はハッとして若殿の目を見つめしばらく黙っていたがやがてあきらめたようにホッとため息をつき
「そうです。この頃は耐えられないほどの頭痛や腹痛、嘔吐や手足の痺れ、痙攣に善女龍王は苦しんでいました。」
若殿が
「それなら・・・死因は自殺ですか?苦痛から解放されるための?」
白陀は一点をジッと見つめポツリと
「そうかもしれません。もしくはあなたへの失恋かもしれませんがね。」
と若殿をギロっと睨んだ。
な、何っ?!あの夜のこと?拒否られただけで死ぬほど落ち込んだの?
若殿がムッとして
「この文を読むまで善女龍王が私を慕っていたなど思いもよりませんでした。激しく拒絶したのは軽率だったかもしれませんが、それも善女龍王が不適当なことをしたせいです。ちゃんと説明してくれればあれほど厳しい態度は取りませんでした。」
白陀は寂しそうに口元を緩め
「そうですね。女官として内裏に勤めていたころからあなたを慕っていたとしても失恋が原因というよりも体調不良のせいでしょうね。祈祷の舞が好評を博し引っ張りだこになり銭を稼ぎ豊かになった途端こうなってしまった。なぜでしょう?持病が悪化したんでしょうか?それとも誰かに恨まれて?」
と呟いた。
若殿が神妙な顔で首を横に振り
「いいえ。白粉に含まれる鉛白のせいです。鉛が体内に蓄積され毒になったんです。高額な白粉を贅沢なぐらい使えるようになり鉛白を体内に吸収する頻度と量が増え、中毒が進んだんでしょう。そのせいで心身共に蝕まれたんでしょう。」
白陀は腑に落ちたようにうなずき
「・・・そうですか。善女龍王のおかげで古文書にある渦巻状列石を再現することができました。私は何とかして研究を続けこの謎を解きたいのです。ここで善女龍王の菩提を弔うと同時にこの謎に取り組んでいきます。」
何も言わないが白陀はやっぱり善女龍王のことを愛していたんだろうなと思った。
同じ目標があれば一緒に暮らすことは容易かもしれないが、実は一緒に暮らしたいから同じ目標を持ったのかもしれない。
男女の愛し方には様々な方法があるんだなぁと改めて実感した。
ちなみに巌谷が勘違いした善女龍王の文には
『・・・・藤原時平への狂おしいほどの恋慕のせいでわたくしは鬼へと変わりつつあるのではないだろうか?
そうでなければこの身体中を襲う痛みは何のせいか?
あの人への恨みが痛みに変わり自分自身の肉体を蝕むのではないか?
あぁもうこの痛みに耐えきれない!
いっそあの人を殺しわたくしも死んでしまいたい・・・・・』
とあった。
『善女龍王は白粉中の鉛中毒による体調不良に悩まされて自殺した』との報告を若殿が弾正台に提出し、関白邸に帰ってからも暇さえあれば私は自分で書き写した古文書の図と謎の文言を睨めっこしてた。
う~~ん。
渦巻状列石がとぐろを巻いた龍なら『龍頭は水を操る』の『龍の頭』は渦巻の中心の石か端の石だろうなぁ。
その石を調べれば何かわかるのかな?
その石がどうやって水を操るのかな?
などと考え込んでいるとそれをチラリと覗き込んだ若殿が突然
「あっっ!そうかっ!!」
と声を上げ
「竹丸!もう一度善女龍王の屋敷で調べてみよう!今日は三月何日だ?」
「ええと、三月二十日です!」
若殿がニヤリと笑って
「よし、善女龍王の屋敷へ文を届けてくれ!明日の早朝訪問させてもらいたいとしっかり頼むんだぞ!」
私はいよいよ謎が解ける!とワクワクして勇んで文使いに出かけた。
(その9へつづく)