石龍の花嫁(せきりゅうのはなよめ) その3
善女龍王が関白邸で祈祷の舞をしてくれることになったその日、関白邸に訪れた善女龍王を私はホクホクと出迎えた。
善女龍王は壺装束に市女笠なので尼僧の恰好じゃなく、垂衣越しなので容貌はよくわからない。
墨染の裳付(丈の短い単衣)姿で頭の形がゴツゴツした坊主頭の従者?と思われるお付きの僧侶が侍所で案内を乞い、私が控室となる東の対の屋へ二人を通した。
夕刻になっていよいよ大殿、大奥様、若殿、弟妹君は主殿に集まって部屋の中央を見て周囲に円く座り、侍女を含めた女性たちは几帳の陰から見守り御簾を上げてもらい下人は廊下から、私は若殿のすぐ後ろに控えて見物できることになった。
『祈祷』という名目だけど龍の化身の美女尼僧が舞うということで、弥が上にも期待は高まり、私はキラキラとした目の輝きを抑えきれず、数本の灯台が点り夕日が黄昏時の魔術的な雰囲気を醸し、善女龍王が登場する前に既に私は夢見心地になっていた。
善女龍王がサヤサヤと音を立てて廊下を渡り主殿に姿を現し、一礼して中に入ってきた。
白の袿は蘇芳(くすんだ赤)の単衣に重ねられ、袴も濃い蘇芳で動きやすさを重視するためか重ねた衣の枚数は多くない。
袴も指貫で足首から先の素足が見えていてその白さに目を奪われた。
善女龍王の容貌はというと瓜実顔で黒目の大きい切れ長の目と長い鼻、厚い紅い唇と現代美人の見本のような容貌だがひときわ目立つのは顔や頸や手、舞うたびにちらりと覗く腕の色が白いこと。
長くはないが後ろで束ねらた髪には黒々とした艶があり白い肌に美しく映えた。
生気のない白磁のような白さは素肌とは思えず白粉を厚塗りしてるのか、独自の白粉を使ってるのかとにかく人形のような白さだった。
僧侶姿の従者が龍笛を吹き、ピ~ヒャラという儚い風が鳴るような音があたりに響くと善女龍王が扇を手に軽やかに舞い始めた。
真っ白い顔に澄んだ黒曜石のような瞳が切れ長の目の中に光を放ち、その視線はくねらせた体幹とそこから延ばした扇を持つ手の先に配られ、全身で何かの意味を示しているようだった。
お人形のような善女龍王が扇を手にし優雅に回ったりかがんだりする様子は見ていて眠くなるようだった。
ゆっくりとした動作で舞うので、個人的には退屈になってコクリコクリと舟を漕ぎ始めてしまった。
僧侶姿の従者の龍笛の音は舞いに速度と調子を与え、ゆっくりとした動作の中にもメリハリを付けていた。
・・・・がとりあえず我慢できないほど眠くなった私はウトウトしてると一瞬意識が途切れ、段差で足を踏み外したときみたいにガクッとなってハッと目を覚ましキョロキョロと見回すと、すでに舞は終わって若殿の前には夕餉の膳が運ばれ、善女龍王も従者も大殿と大奥様に対面して座り、夕餉の持て成しを受けていた。
私以外の使用人は主殿から退いたようで誰もおらず
『誰か起こしてくれればいいのに~~~』
とモソモソと立ち上がり出ていこうとしたが、若殿がそれを見て
「お前もここで善女龍王の話を聞いててもいいぞ。欲しいなら私の膳をつまめ」
と夕餉の御馳走を差し出してくれたので『わ~~い!』と遠慮なくつまませてもらうことにした。
鴨の醤焼きをモグモグと味わいながら大殿と善女龍王の会話を何気なく聞いていた。
大殿が杯をあおりながら善女龍王に向かって
「室生寺で修行されたと聞きましたが、髪を下ろしたというわけではないのですね?在家の尼僧というわけですか?」
善女龍王は妖艶な笑みを浮かべ大殿を射抜くような目で見つめ
「いいえ。噂が独り歩きしたようですわね。わたくしは得度したわけではないのです。室生寺に参拝に訪れた折に龍の住み家と呼ばれる場所に行きますと、光り輝く龍が体内に入ったのでございます。そして不思議な力を授かり、その力で皆様に加持祈祷を舞として納め、仏の加護と息災・増益・敬愛・調伏を神に祈っております。」
と言った後ゆっくり頭を下げた。
私はすっかりワクワクし若殿の袖を引っ張ってコソコソと
「仲良くなってその証拠を見せてもらってくださいよっ!」
とそそのかした。
(その4へつづく)