東下の讖緯(あづまくだりのしんい) その6
帝はおかしそうにハハハと声を上げて笑い
「犠牲?邪魔者を排除するついでに無位無官の馬の骨を高官として登用する一石二鳥の良い策だと思わんか?皇族だというハッタリがあれば東国のような鄙の国でも夷狄どもを服従させるのに十分な権威よ。先祖代々都に住まう筆より重いものは持ち慣れん文人貴族どもに太刀を手に取り夷狄と戦い切り伏せる気概のある者はいるか?朕がこのような謀をせねばならんという状況を臣下どもはどう心得ておる?お前の父をはじめ東国の騒擾に真剣に向き合う者は太政官にはおらん。皆ひとごとのようにいつかおさまるだろうと考えておる。馬や租税の略奪や俘囚の反乱がこれからますます酷くなるとみておるのは世の趨勢を見極める目を持つ者だけだ。お前はわかっていると思っていたが?」
ギロっと睨まれた若殿は緊張した面持ちで
「そこまでのご慧眼とは存じませず、余計なことを申しました。でもその武術に優れた無位のお方は一体どういうきっかけで主上のお目に留まったのですか?目の届かぬ東国に派遣して力を持たせるなど高望王に賊心がないと保証できますか?誰かの御推薦ですか?その御仁は信用できるのですか?」
と帝を見返すと帝は不愉快そうに眉をひそめ
「それをお前に言う必要はない。だが朕が最も信頼を置く者だ。どちらにしろ誰か勇猛果敢な人物を東国に派遣せねばならんなら同じことだ。憂慮しても仕方あるまい。それに『母から自分は桓武帝の孫だと聞かされて育った』と高望王も言っておったからあながち馬の骨とは言い切れんのだ。」
若殿はまだ深刻な表情を浮かべ
「では、せめて平潔行様が職を解かれても流罪を免れますよう、民部卿宗章朝臣と言う架空の人物が謀反を企てたと世間には公表していただけませんか?官人全てが平潔行様が民部卿であったと知るわけではありませんし、数年もたてば誰が何の罪でなど詳しいことは世間から忘れ去られてしまいます。無辜の方に罪を着せるせめてもの代償として・・・・」
帝が怒りの表情でこめかみの血管を浮き立たせ
「平次っ!朕に指図するかっ!僭越なっ!」
と怒鳴りつけ、若殿は手をついて頭を下げそのまま硬くなって縮こまっていた。
しばらくそのピリピリとした雰囲気のまま過ごした後、帝が扇をパシャリと勢いよく閉じ
「蔵人頭藤原時平、高望王の臣籍降下の件と民部卿宗章朝臣の企てた謀反を未然に防いだ功労を下賜する件、万端に取り計らえ。」
若殿はハッと畏まり上気した顔で帝を見つめ、上げた頭をもう一度ピシャッと下げ
「勅命、しかと承りました」
帝が内裏にお戻りになり張り詰めた空間から解放された我々は宇多帝の姫の対の屋で夕餉を一緒に食べながら私は若殿に
「結局、民部卿は流罪は免れたけど失職はしたんですよね~~?冤罪なのに?」
若殿が苦い顔をして
「まぁな。主上のご意向なら仕方あるまい。位階を剥奪されなかっただけで民部卿には許してもらおう。」
私がハッと思いついて
「東国について色々画策している人物って私は泉丸しか知りませんけど、それなら武人として藤原利仁を推しそうですよね~~」
と何気なく言うと若殿が考え込み
「泉丸か・・・・。あいつの正体は・・・・一体誰だ?もしあいつが主上に近い人物なら今回の件もヤツの企てかもしれんな。もしかしてあいつは・・・・」
と気を持たせるようなことをいうのでワクワクして
「何ですかぁっ!わかってるなら教えてくださいよっ!泉丸の正体っ!」
と肘でつつくと若殿は嫌そうに睨み付け
「証拠がないから推測だけでは何も言えんっ!」
と勿体つけた。
宇多帝の姫が夕餉のカレイの煮つけを骨にたくさん身をくっつけたまま下手くそに食べながら思い出したように
「『ふうすいし』って未来のことがわかるんでしょう?浄見もゆめで未来のことがわかる時があるわよ!」
と唐突に話し出すと若殿は眉を上げとろけそうな笑顔でニッコリと姫に微笑みかけ
「そうなのか?でもその風水師はイカサマだったんだ。」
と言った後、自分の箸でカレイの身をキレイに取り分けてやっていた。
私が反論を思いつき
「でも嘘はついてませんでしたよ!誰にでも当てはまることや藤原庸の屋敷の様子から仕事があんまりうまくいってない感じとかを読み取ってこのままじゃ出世しないって予言してたじゃないですか!イカサマとは言い切れませんよっ!」
と反駁すると若殿はニヤッと笑い
「確かに讖緯(予言のこと)や占いなどそれを行う者に解釈がゆだねられている場合、事実を整理し未来を推測する技術が長けているために精度のいい予測をし現実を言い当てているのか、神秘的な能力によって未来を予言しているかなんて客にとってはどちらでもいいからな。」
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
泉丸の正体って引っ張りすぎですかねぇ~~~?
時平と浄見の物語は「少女・浄見 (しょうじょ・きよみ)」に書いております。