東下の讖緯(あづまくだりのしんい) その5
頭にモヤモヤと残る謎を解決するために一番手っ取り早い方法を若殿は取ることにして、文を出して指定の日時に宇多帝の別邸で帝と面会することにした。
宇多帝の別邸につくと、相変わらず姫の対の屋は物で散らかり放題だったが、これには若殿は藤原庸の時とは打って変わって
「浄見はまだ小さいから、片付けはできないよな?」
と言いながらサクサクと自分が動いて、双六や琴や巻子本やその他色々な物を元の場所に戻して片付けてた。
その横で姫は自分が拾ってきた石を入れた螺鈿細工の飾り箱から石や貝殻を取り出しては眺めたり戻したりそれについての思い出を若殿に話しかけたりして一向に片付ける気配がなかった。
『っちっ!何じゃソレ?』と心の中で舌打ちしながら私は出された見たこともない菓子の『餅粉に水あめを加えて練り上げ蒸したという白い餅』を夢中で食べながら、姫や若殿の分を横目で見ながら狙ってた。
姫に
「もらってもいいですか~~?」
と聞くといつもは
「いいわよ~~!」
と言うのに今日は
「一つだけね~~!私も食べてみたいから」
という返事で残念。
そうこうするうちに帝がお着きになったので主殿に急ぐ若殿に遅れまいとついていった。
帝が一見柔和に見える笑みを口元に湛えながら
「民部卿のことで聞きたいこととは何だ?」
と一言目から本題に入ると、若殿が少しうつむきがちに切り出した。
「先の非時の件を詳しくお話になった者についてお聞きしてもいいですか?その人物が民部卿に濡れ衣を着せたと思われますので。」
帝は一瞬眉根を寄せ困惑した表情になったが口元の笑みは消さずに
「ああ。それについては無視せよ。平潔行は捨て置け。そのままにせよ。」
若殿がビクッと体を震わせ帝をジッと見つめると
「ということは、主上のご意向ということですか?」
帝は柔和な笑みを浮かべた口角をさらに上げて笑い
「ああ。そうだ。あやつは仕事に忠実すぎる。真面目過ぎるのだ。賂も通じぬ。過去の己のただ一つの失態を後生大事に後悔し続けるような輩よ。器も肝も小さい男に今後の大事は任せられん。なぁ、平次よ。そう思わぬか?」
若殿が青い顔に冷や汗を浮かべながら
「・・・はっ。では、謀反人の汚名を民部卿に着せたまま、最悪の場合流罪となることもお許しになるという事ですか?」
と言うと途端に帝が口元を真一文字に引き結び、しかし目は面白そうに光らせ
「なんだ?お前は民部卿と懇意であったか?庇い立てするつもりか?」
若殿は厳しい顔つきで意を決したように
「いいえ。そうではありませんが、無辜のお方が罪人となられることには少々納得いきかねます。」
と言い切った。
帝は持っていた扇を開いたり閉じたりを繰り返し、物思いにふけるように空を見つめしばらく沈黙の時間が過ぎた。
長い沈黙を破り帝がポツリと
「平次よ、東国で騒乱が続いておることは知っているな?高望王と名乗る男はな、武術に長けておる。武芸ではないぞ。実践的な、人を殺す術に長けておるのだ。荒々しい東国の蛮夷どもを次々と切り伏せることができる男だ。あれにな民部卿平潔行の謀反追罰を功労として官位を授け平朝臣を与え上総国介に任官するつもりだ。」
若殿がハッと息をのみ
「そこまで主上が見込まれたお方を登用するために民部卿を犠牲になさるという事ですか?」
(その6へつづく)