東下の讖緯(あづまくだりのしんい) その2
若殿が呆れたように
「身に覚えがあるんですか?」
民部卿は首を横に振り
「いいえっ!見たこともない文です!」
「では疑われる心配はないのでは?」
民部卿は困惑しながら
「それが、それだけではなく、先日のある貴族の歌合せで詠んだ『春を待つ』という意味の和歌が帝の交代を待つと解釈できるという讒言がその歌会が終わる前から囁かれまして、私がいくら必死で否定してもその参加者や噂を聞いた同僚から白い目で見られるということがありました。」
若殿が少し眉を上げ興味を示し
「謀反の証拠となる文とは一体どんなものですか?」
「典薬寮の役人・非時が帝に毒の入ったひじき団子を奉ったことがありましたでしょう?」
毒入り団子を奉る?『弑し奉る』的な?尊敬してるかどうかわからないヤツね。
若殿がちょっと不愉快そうに眉をひそめ
「関白が不名誉な罪を着せられそうになった事件ですね?」
民部卿がそうそう!と頷き
「その非時に関白家に行商人のふりをしてひじきを売りに行くようにという指示や、帝のひじき団子に毒を盛るようにと指示した内容の文が私の文箱から見つかったというのです!」
若殿は少し考えこんだあと
「その文は今どこにありますか?」
「もう弾正台の役人に渡してしまいました!私はこのあと弾正台に出頭しなければならないのです!今も役人が表で私が逃げないように見張っています。高望王が謀反の証拠を見つけた後、弾正台に報告し、私を引き渡したのです!何とか関白様の冤罪を晴らしたあなたのお力を借りたいと思い、こうして面会する時間を与えてもらったのです!」
と今にも泣きだしそうな顔で床に頭をこすりつけた。
それを聞いて私は『あれ?あの件は宇多帝の狂言じゃなかったっけ?』と思い出し、『じゃあこの人完全な冤罪じゃん!若殿もすぐに弁護してあげればいいのに!』と思ったが、そうなると『帝が犯人!』を暴露することになり具合が悪いのか?そもそも若殿は『非時が自分だけで帝暗殺を思いつき実行した』という事にしたのに、なぜ今頃そんな文が出てきたの?と木布臭い。
若殿は深刻な表情で
「安請け合いはできませんが、できる限りのことはします。ところであなたが高望王に握られた弱みは何ですか?」
民部卿はギクリと冷や汗を浮かべ観念したようにため息をつき
「じ、実はある国司が開墾させた荘園の一部を受け取る見返りに民部省符を発給したことが一度だけありました。それを明るみにすると脅されたのです。」
民部省符を得て官省符荘(田畑の収穫物から租税を納めなくていい荘園)にすればその荘園を持ってるだけで収入が保証されるし不労所得は誰だって欲しい!実際はそこを耕作してくれる民を確保しないとダメだけど。
若殿が腹を探るような目つきで
「高望王には以前からの接点があるんですか?脅しの対象にされるような因縁が?」
民部卿は困惑した表情で首を横に振り
「それは、本当に心当たりがありません。なぜ私の過去の過ちが彼に知られたのかも、なぜ私に濡れ衣を着せるのかも、さっぱりわかりません」
これは真実だろうなぁと思った。
高望王とやらが無位無官なら手柄を立てて官位を手に入れるため?何のために民部卿を謀反人にしたいんだろう?
(その3へつづく)




