衝迫の雪女(しょうはくのゆきおんな) その6
私は自分の推理を見せつけ濤子の化けの皮を剥いでやろうと鼻息を荒くして
「鏡ですっ!北の対の厨子棚の上に立てかけてあった鏡に久瀬蟻端が映ったんです!あなたはまず久瀬蟻端の杯に毒を入れました。その時鏡に映った久瀬蟻端に気づき、このままでは久瀬蟻端に毒を盛ったのがバレてしまうと思ったあなたはワザと自分の杯と入れ替えました。自分が毒を飲むつもりだったと久瀬蟻端に言い訳するために!だけど久瀬蟻端はあなたが毒を入れた瞬間を見ておらず、あなたが杯を入れ替えたところしか見ていませんでした。だからあなたが自分の杯に毒を入れた後すり替えたと思い、もう一度自分のと入れ替えたことによって毒入りの酒を飲んでしまったのです!違いますかっ?!」
と濤子を指さしビシッと決めた!どうだーーっ!完璧な推理っ!
濤子は久瀬蟻端をはじめから殺す気だったけどたまたま鏡で久瀬蟻端に気づいてうまく切り抜けたら運よく久瀬蟻端が余計な事をして自分で毒酒をあおってくれたというワケだっ!偶然あった鏡によって濤子は犯人追及から逃れたと思ったかもしれないがそれを見抜くこの竹丸という『名探偵』がいちゃぁおしまいよぉっっ!罪人どもめっ!覚悟するがいい~~~~!と自分に酔って心の中では罪人を踏みつけ腕を組んでウンウンと頷いていると、若殿がニヤリと口をゆがめて笑い
「いや。それはないぞ。濤子の位置から鏡を見ても、几帳も屏風も柱も映らない。塀しか映らないんだ。鏡の位置と角度は誰も動かしていないのは確認済みだ。廊下の下や屋根の上、塀の向こうから覗いていたならまだしも、几帳や屏風や柱に隠れた久瀬蟻端を濤子は『見ることができない』んだ。」
自分のこんなに現実味のある推理がアッサリと外れていたことに驚きとたんにワケが分からなくなって
「えぇーーーーっ!ということは・・・・どういうこと?」
と叫ぶと若殿が頷き
「濤子は久瀬蟻端が見ているとは気づかずに杯を入れ替えたということだ。つまり本当に自分が毒を飲む気だった。」
私は慌てて
「で、でもっ!立ったり座ったり前後に動けば鏡に映るでしょ?たまたま映る位置にいたとき久瀬蟻端が見てるのに気づいてワザとすり替えたとも考えられるじゃないですかぁ!」
濤子は今までボンヤリとしていたのが急に愕然として
「まさか・・・・蟻端様は物陰から見ていてわたくしが毒を彼の前に置いたと思ってその杯を入れ替えたんですか?それでわたくしが飲むはずだった毒を飲んだんですか・・・・?」
若殿が頷き
「久瀬蟻端は文の中で何度も『自業自得』だと言ってました。あなたを疑った罰だと思ったようです。」
濤子は呆然としポロポロと涙をこぼしながら
「全て、わたくしのこの、不自由な癖のせいなのです!『してはいけない』と思えば思うほどしてしまうという癖のせいなのです。」
若殿が眉を上げ抑えきれない好奇心を含んだワクワクとした弾んだ声で
「例えば塗籠のような密閉した空間で火鉢を燃やせば毒の気体が発生し中毒死するかもしれないと考えただけでそうしたくなるというような?濡れた布を顔にかぶせれば、鼻と口がピッタリとふさがり窒息するかもしれないと考えただけでそうしたくなるというような?」
濤子はハッと驚き若殿の方を向き
「そうなのです!蟻端様を殺したくはなかったんです!ただ思いついてしまうと、そうせずにはいられない強い衝動が沸き上がりダメだと思えば思うほど最後は実行してしまうのです!蟻端様が気づいて自分で防いでくれたので二回は助かりましたが。」
私は頭がこんがらがったが何とか自分なりに整理して
「う~~~ん、じゃあ、最後は久瀬蟻端の酒に毒を入れて本当に殺そうと思ったんですね?でも『もし自分が飲めば』と考えてしまって入れ替えずにはいられなかったんですね?そう!最後だけは本当に久瀬蟻端を殺そうとしたんですね!」
と思わず叫んだ。
濤子はビクッと身を震わせ
「そうです。蟻端様があなたたちにまでわたくしのことを話し、二回の事故の犯人を捜すよう依頼したとき、彼を殺そうと思いました。そして毒を入れたまではよかったのですが、考えてはいけないことを考えてしまったのです。『もし自分が飲めば死んでしまう!それはいけない!絶対に飲んではいけない!』と強く考えるほどその衝動にあらがえず自分の杯と入れ替え彼の前で毒を全部飲み干し、死んでしまいたくなったのです!」
と泣きながら話した。
開けるなと言われた玉手箱を開けてしまう浦島太郎や、振り返るなと言われたのに振り返ったイザナギなど『やるな』と言われれば言われるほどやりたくなる気持ちは十~~~分わかるけどそれが自分の命を奪うことでも実行してしまうとなると『困った癖』では済まないなぁと少し可哀想になった。
でも結果的には久瀬蟻端を死にそうなほど傷つけたわけだから今後の二人はどうなるんだろう?久瀬蟻端だって毒杯を入れ替えて濤子が飲むのをそのまま放置しようとしたならバツが悪いだろうなぁと考えながら帰り道若殿に
「どうして自分を傷つけるような衝動が起きるんでしょう?」
と聞くと寂しそうに
「『やるな』と言われるとやりたくなる衝動を持ちやすい人々が追い詰められて冷静な判断力を失ったとき、周囲が暗黙のうちに強いる強制や緊張から自分を解き放つために思いつく唯一の方法が、もしかしたら『自分を傷つけること』だけなのかもな」
と言った。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
深読みってし過ぎると結局どっちが得だったかが分からなくなりますよね~~!
時平と浄見の物語は「少女・浄見 (しょうじょ・きよみ)」に書いております。