衝迫の雪女(しょうはくのゆきおんな) その4
もう少し年取った侍女に若殿が
「北の方濤子と久瀬蟻端の結婚の経緯はどうでしたか?」
「濤子様は殿よりも四つ・・・でしたか?少し年上で、お二人が出会った時はある貴族の未亡人でしたから大奥様や我々使用人は反対でしたの。確かな方の紹介というわけでもなく、寺にお出かけになった先で偶然出会ったそうで、元の結婚相手は殿の父君ように元国司の介で荘園を持ってらして財はおありになるそうですが、姫の父君も既に他界されていて身よりも身分もなく殿にとって得になるお相手じゃなかったものですから、そりゃあ周囲の者は反対しましたが、若いもの同士が駆け落ちしてでも一緒になると言い張りましてね、大奥様も駆け落ちして心中でもされたら大変と仰って結婚をお認めになってね。」
・・・・う~~~ん。周囲の反対を押し切って死んでまでも一緒になりたい相手ということか。運命の相手?だけど、そーゆー場合どちらかが浮気して裏切ったらもう片方はどうするの?恋愛中は盛り上がるけど結婚して何年もたちいつも顔を突き合わせていればウンザリして浮気しても全然気にならない感じ?そういう状態で過去の自分たちの恋愛熱と自己陶酔を冷静な目で振り返ると恥ずかしくならないのかな?なんでこんな奴に命賭けれたんだろう?とか。過去に言った「死んでもあなただけを愛し続けます」的な言葉を思い返すと冷や汗が出るほど恥ずかしくて過去を全部消してしまいたくなるだろうなぁ~~~~。黒歴史?公開恥辱?恋愛中は合理的判断と知的思考をつかさどる脳領域が抑制されておバカになってるから思い出しても恥ずかし~~い事をいっぱいしてるだろうにそれが記録に残って誰かの目に曝されてるとなると地獄以外の何物でもない!気をつけよう!気をつけねば!えっ?何をって?
今日のところは捜査を終え、藤原邸に戻って若殿に
「そういえば久瀬蟻端の話って『雪女』に似てますよね。確か『雪山の小屋で寝ていると美しい女が現れ、相棒の木こりを殺されるのをみて、「誰かにこの話をすれば命はない」と言われて数年後現れた美女と結婚し子供まででき、ふとした拍子にその話を妻にすると「あの時の雪女は私です」といって雪女は溶けて消えてしまった』という話ですよね。濤子が久瀬蟻端の父君を殺した少女だとすると誰にも話すなと口止めして再会して結婚したところまでは同じですよね。あとは濤子が消えてなくなれば完璧に一致します。」
若殿は険しい表情で
「それなら久瀬蟻端を殺そうとしたのは誰だ?濤子なのか濤子じゃないのか?濤子は雪女よりも冷酷なのか?」
雪女より冷たい・・・かぁ。まぁ実際温かい血の通った人間の方が妖怪や幽霊・鬼といった異形のモノよりよっぽど残酷だったり非情だったりするしね。何しろ守るものが多いし。家とか家族とか子供とか。異形のモノにはそれがない分身軽だし案外アッサリ許したり負けを認めたり消えたりしそう。怨念とか執着があっても形のないモノは現実的実行力がないから、生身の武器を持てる人間の恨み・執念が一番怖い。
私は腕を組み片手で顎を持ち名探偵ポーズで気どり
「濤子は久瀬蟻端を殺そうとしたが愛していたから殺せなかったんです!私の予想では結局濤子は雪女のように久瀬蟻端の前から姿を消すでしょう!」
とビシッと名推理したが、その推理が正しいかどうかの答えは次の日にすぐわかった。
次の日の早朝、文を受け取った若殿がサッと目を通すと表情を曇らせ
「久瀬蟻端が死にかけているようだ。毒を飲んだらしい。久瀬蟻端の屋敷へ行くぞ。」
と歩き出すのでえぇーーーーっ!とビックリして慌てて駆け足でついていった。
久瀬蟻端の屋敷へ向かう途中若殿が文の内容を話してくれた。
『頭中将殿
つい先ほど、晩酌に妻と酒を酌み交わしたのだがそこに毒が入っていたようだ。私の命はもう長くないだろう。この文がちゃんとあなたのもとに届くことを祈っている。死ぬ前にこれだけは書き記しておかねばならない。実を言うと父を殺したのは濤子だと思っている。あの時の十二三歳の少女は妻だったのだ。このことに気づいたのは最近の事で、父の死後成長した妻に初めて出会ったときはそのことに気づかず、その美しさ、善良さ、優しさを愛し、一生そばにいてほしいと頼みこんで周囲の反対を押し切り結婚した。『京に近い地域の農家に生まれたが、前夫に見初められ京の屋敷に迎えられた』と濤子が言ったのを信じた。もっと早く気づいていれば濤子を妻にすることは無かっただろう。濤子が私を見て父を思い出せば恐怖や憎しみが甦り耐えられなかったはずだ。私はそれに気づかず彼女を一目見た時、なぜこんなにも彼女に惹かれるのかを考えようとしなかった。それはおそらく私の無意識下に眠っていた強烈な畏れと恐怖の興奮が彼女によって呼び覚まされ、不快なはずのその興奮を何度も味わおうと本能的に求めるからではないか?そうでなければ『彼女でなければならない』というこの焦燥は説明できない。
しかし私の飲んだこの毒は自業自得なのだ!彼女に一切の責任はない!なぜなら私は見たのだ。彼女が私の杯と自分の杯を入れ替えたのを。物陰から彼女が杯を入れ替えたのを見た私は何食わぬ顔で彼女の前にあらわれ一緒に酒を飲もうと言った。そして漬物が食べたいと彼女にせがみ取りに行かせている間に彼女と私の杯を入れ替えた。彼女の前にあった杯の酒を私が飲んだのだ。そう。おそらく彼女は最初に私の杯に毒を入れ悩んだあげく自分のとすり替えた。それを知らずにすり替えたところだけを見た私はそれをすり替え自分で毒酒をあおったのだ!だから自業自得なのだ!頭中将殿どうか彼女をそっとしておいてくれ。
久瀬蟻端』
私はそれを聞いて
「う~~ん。本当にそんなことが起こったんでしょうか?今から確かめに行って何か分かるんですか?濤子が自分を無実だと思わせるために筆跡を似せてこの文を書いたのでは?」
(その5へつづく)