衝迫の雪女(しょうはくのゆきおんな) その3
久瀬蟻端は険しい表情で頷き
「はい。三週間ほど前、父の死因について聞かれたとき妻に何気なく話してしまったのです。それまで詳しいことは誰にも話したことはありませんでした。父は強盗に襲われ殺されたとしか周囲には伝えていませんでした。怖くて顔は見ていないと。ですが、妻にだけはその少女のことを話してしまったのです。それから二度死にかけました。頭中将さまは事件の捜査に長けてらっしゃると聞き、不躾ながら犯人を見つけてほしいと依頼したのです。どうかお願いします。」
と手をついて頭を下げた。
几帳の奥から鈴の音の声で
「どうかわたくしからもお願いいたします。主人はすっかり怯えて夜もぐっすり眠れないのです。このままでは心労から倒れてしまいます。」
若殿が眉をひそめ几帳に向かって
「あなたは久瀬蟻端から聞いたことを誰かに話しましたか?」
少し間があき几帳の奥から
「・・・いいえ。でも使用人なら誰でも盗み聞きできましたわ。」
「久瀬蟻端の塗籠に火鉢を置かれたとき、あなたは一緒に寝ていなかったんですか?」
「はい。風邪気味でしたので、別に寝ておりました。主人は塗籠に鍵はかけないので誰でも入れます。」
久瀬蟻端が渋い顔でうんと頷き腕を組み片手は顎に添え思い出しながら
「そうだ。犯人に外から鍵をかけられていたら私は死んでいたかもしれない。完全に殺す気はなく脅しの意味だったのかもしれない。濡れた布を顔に置かれたのもそうだ。本当に殺す気なら手足を縛るか薬で動けなくして完全に殺していただろうから。」
若殿は久瀬蟻端の使用人一人ずつから話を聞くことにし十八年前の久瀬蟻端の父君が死んだ事件を知っている使用人頭・焦奴丸から話を聞いた。
「久瀬蟻端の父君が死んだとき、十二三の少女が使用人の中にいたか?または父君が囲っていた女性の中にはどうだ?」
焦奴丸は額をさすりう~~~んとしばらく悩みながら考え込み
「いいえ。当時、その年頃の少女は使用人の中で見たことありませんでしたね。殿が現地の娘を囲ったんでしょうかね?そういう遊び相手は現地の農民の娘か散楽の芸人つまり蝦夷の娘ですかねそれを屋敷に連れ込んでいるところを何回か見ましたから。もちろん殿は銭を渡していましたよ。貧しい暮らしをしていた彼らにはその銭だって大金でしたでしょうからお互いにいい取引でしょう?それが何か関係があるんですか?今の若殿の事件に?」
その後の焦奴丸の話では久瀬蟻端が話した通り父の死後、母君と久瀬蟻端は京に帰り、父が持っていた荘園の収入で暮らしているらしい。久瀬蟻端は元服してからは役人として大内裏へ勤めにでているそうだ。
・・・ふむ。幼いころに父を亡くした人の中では順調な人生。幸運な人順位付けでも上位だろう。
「久瀬蟻端の父君を襲った強盗についておかしな点はなかったか?」
焦奴丸はそうそう!と思い出したように
「おかしい点といえば、その強盗は飾ってあった太刀には手をつけず、殿が身に着けていた刀子や狩衣、袴や数珠や小銭の入った巾着といったあまり価値のない物ばかりを盗み、不思議な事に厨子棚や長櫃に入った貴重な唐渡の反物や毛皮や調度品には手を付けていませんでした!だから一時は殿に恨みを持つものが襲ったのかと思いましたがね。殿は下着姿で発見されましたし寝所に不審な者を引き入れるはずはありませんから、やはり外部から無断で侵入した強盗の仕業だろうということになりまして、六歳だった若君、今の若殿も『髭を生やした大男が殺した』と証言しましたからね。気の毒なことに殺人の音を長櫃の中で聞いて怖くて外を見れなかったと言ってました。盗賊化した蝦夷が財物を略奪する事件は多発していましたからきっとそのせいだという結論になりましたね。」
長櫃の中で怖くて外を見れなかったのに『髭の大男が犯人』の証言はおかしいでしょ?ちゃんと強盗を捜す気なかったでしょ?面倒なことになりそうだという勘だけは冴え渡っているところがスゴイ!と突っ込む。
それ以外の使用人のなかに十八年前の事件を知るものはなく、赴任先の北国から久瀬蟻端と母君が帰って以降雇った使用人ばかりで、その北国に関係のある経歴を持つものはいなかった。少なくともそういう証言はなかった。
私的に疑わしいのは侍女の中にいたとびぬけて色白で彫りが深く鼻筋が細くてツンと高く目がつぶらな十七八とおもわれる美しい女性。
若殿が質問している間、つぶらな瞳を少し潤ませ、口元に微笑みを浮かべながら上目遣いに若殿の質問にハキハキと答えている様子を『可愛らしいなぁ~~~』と証言を書きとりもせずボンヤリず~~~っと口を開けて見とれていると、ふとした拍子にこちらを向いて目が合い、眉をひそめて気味悪がられた。チッ!愛想の悪いオネーちゃんだなっ!ヨダレが出てただけじゃんかっ!
(その4へつづく)