衝迫の雪女(しょうはくのゆきおんな) その2
『あれは父がある北国の国守を務めていたころ、確か私はまだ六歳でした。北国のことですから、雪が一尺(30cm)以上も積もり、遣戸を閉めて衣を重ねて厚着をしても、じっとしていれば凍えそうな日でした。その日、私は父の居所である主殿に置いてある長櫃に父を驚かそうとして夕刻から隠れていました。父がなかなか現れないので待ちくたびれた私は長櫃の中で寝入ってしまったようでした。外で誰かの激しい息遣いと布が畳を擦る音、足や腕が床を打つ音が途切れ途切れに聞こえ、目を覚ました私は父が帰ってきたと思い蓋を少し開けて外を見ました。一台の灯台だけがともり薄暗い中で人が固まりになってもみ合っているように見えました。黒い塊としか見えませんでしたが何やら争っているように見えたので父を助けるべきかと悩みましたが、それよりも恐怖が先にたち身をひそめてガタガタと震えながらもみ合いが終わるのをじっと息を殺して待ちました。すると突然「うわぁっっ!何をするっ!あぁーーーーーっうっうっ」と叫ぶ父の声が聞こえ、子供がはぁはぁと全力で走った後のような息を切らしたような声が聞こえ、ガチャリと金属性のものが床に落ちる音がしたのでまた少し蓋を開けて覗いてみると、小袖が脱げ肩まで露になり、かろうじて腰紐が結ばれていることで衣が脱げ落ちていない少し大きい子供が立っている後ろ姿が見えました。その前に横たわっている下着姿の男は顔をこちらに向けていて父だと分かりました。私は目の前にいる子供が父を刺したと直感で理解し、次は自分が殺される!と恐怖に襲われ急いで持ち上げていた蓋を落とし長櫃に身を隠しましたが、急いだあまりガタっと大きな音を立ててしまいました。気づかれたかもしれないとビクビクしながらも息を殺してジッとしていると蓋が持ち上げられ横にずらされました。長櫃の中でうずくまって見上げると暗闇に慣れた目ではっきりと見たのは歳は十二三の顔じゅう血だらけの少女の顔でした。刀子を手に持ち震えながら私に突きつけ「・・・し、しゃべったらお前も殺す!顔を覚えたからなっ!」と声を振り絞り、蓋をもう一度しめて私を閉じ込めゴトゴトと何かした後どこかへ走っていったような足音が聞こえました。父は刀子で腹を刺され頸をかき切られ血を大量に失ったせいで死んだのです。』
・・・・体験が壮絶過ぎたのと六歳の記憶なのに鮮明過ぎたのに驚いて若殿も私も何も言えずにいると久瀬蟻端は凍り付いた場を和まそうと愛想笑いを浮かべ
「ああっと、その、父を悲惨な形で失いましたが、荘園を残してくれたおかげて、母も私も今まで苦労せずに暮らしてきました。今は末端とはいえ官人ですのでお気を遣わずにいてください。話はここからなのです。文に記したように、この頃命の危険を感じる事件がおきまして、まず、一週間ほど前、目覚めると寝所である塗籠(寝殿造りの屋内で土壁によって覆われた個室のこと)の中に火鉢が置かれていまして、頭痛が酷くて夜中に目が覚めましたがあのまま朝まで寝ていたら死んでいたと思うとぞっとします。そして二週間ほど前には風邪で寝込んでいるときに息苦しくて目が覚めると濡れた布を顔にのせられ鼻と口を塞がれていました。目が覚めなければ窒息死していたでしょう。簡単に言うとそんなことがあり、あの時の少女が身の回りの身近な人物として潜んでいて私を殺そうとしているのではないか?と思いまして。」
私はアレ?と思ったけど若殿もそう思ったらしく口を開き
「ということは先ほどの話を二週間以上前に誰かに話してしまったことが少女に伝わったから命を狙われるようになったという事ですね?」
(その3へつづく)