衝迫の雪女(しょうはくのゆきおんな) その1
【あらすじ:「誰にも言わないで!」というお願いは「皆に話してね!」と同義語だと解釈してしまうのは人の常。禁止されればされるほどその先に何があるのかを確かめたくなるのは好奇心のせい?不自然な事故で二回も死にかけた役人に調査を頼まれた時平様は抑えられない衝動に自滅しそうな人に出会った。冴えた私の推理に軍配はこっちだと思ったのに時平様は今日も美味しいトコを取る!】
私の名前は竹丸。
平安の現在、宇多天皇の御代、日本で権勢随一を誇る関白太政大臣・藤原基経様の長男で蔵人頭・藤原時平様に仕える侍従である。
歳は十になったばかりだ。
私の直の主の若殿・時平様はというと、何やら、六歳ぐらいの小さな姫に夢中。
宇多帝の別宅に訳アリで、隠し育てられている姫を若殿は溺愛していて、周囲に気づかれていないと思っているが、使用人はじめ母君・大奥様にもバレバレ。
若殿いわく「妹として可愛がっている」。
でも姫が絡むと、はたから見てもみっともないくらい動揺する。
従者としては、たかが小さな女の子に振り回されてる姿はいかがなものか。
今回は雪女もイケメン好きだったんですね!というお話(?)。
ある日、若殿のお伴で久瀬蟻端という貴族の屋敷を訪れた。
久瀬蟻端はある北国の国守を以前務めた貴族の一人息子で若殿はあることを文で依頼され話を聞きに来たらしい。
久瀬蟻端の屋敷は対の屋が四・五はありそうなどちらかというと立派な屋敷で、庭には赤い実をつけた冬なのに緑の葉が残っている屋根ぐらいの高さの木があり、ツグミがとまりその赤い実をついばんでいた。
若殿と一緒に主殿まで案内される間、私がツグミを見ているのに気づいて久瀬蟻端が
「本当はナナカマドを植えたかったんですがね、京では手に入らないと言われましてね。モチノキで我慢しました。ナナカマドなら紅葉も美しいのですがね。冬にしか見ることができない鳥が雪の中でもたくましく実をついばんでいる姿はいつみても健気で可愛らしいからね。お前もそうだろ?」
と私に向かってほほ笑むので
「確かに!ツグミもジョウビタキもモズも冬しか庭にいませんね!ほかの季節は山にいるんですかねぇ。」
と納得した。
そういう久瀬蟻端は雪の白さとは真逆の浅黒く日焼けした彫りの深い整った顔立ちの二十半ばの青年貴族で、遊び人っぽい雰囲気なのに花鳥風月といった自然の趣を慈しんでいそうな風情が落差を生み出しそこを好きな女性にモテそうだなと言う雰囲気の人。
でも逆に自然を愛するからこそ外で遊ぶ→日焼けするで正しいのか?じゃあ何を言ってるんだ?私は。
まさか見かけだけのために日焼けする人種がこの世に存在するかのような世迷言を!
それはさておき、主殿に通された若殿と私は侍女が給仕してくれた菓子と温かい白湯を食していると、若殿と久瀬蟻端は気候のことやどーでもいい政治の話題をノラクラ話し続けているので私はボチボチしびれを切らして『本題はまだかなぁ』と思いつつ菓子の甘栗を食べていた。
廊下からサヤサヤと衣擦れの音がして御簾に単衣姿の女性の影が映ったと思ったら
「わたくしもお邪魔してよろしいかしら?」
と鈴の音のように美しい声がした。
久瀬蟻端がオホンと咳払いし
「あ~~、頭中将がお見えだ。お前も話したいことがあるなら同席しなさい。」
と呼びかけると小さくハイと言う声が聞こえ、御簾を押し扇で顔を隠した女性が入ってきて久瀬蟻端の背中側にある几帳の陰に座った。
入ってきたとき一瞬扇の陰から見かけた顔はふっくらとした白い頬と高い鼻、薄い眉と切れ長な目という現代美人の絵姿そのものだった。
久瀬蟻端が若殿の様子を窺うように頭を少し下げながら
「濤子といいます。私の妻です。昨日まで同席をひどく嫌がっていたのに気が変わりやすくて困っております。」
久瀬蟻端と対面して座る若殿が扇を開き口元を隠しつつ
「では、そろそろ本題をお話し願えますか?」
と確かめるようにゆっくりとした口調で久瀬蟻端を見ながら言うと少したじろぎどうしようか?と迷った素振りを見せ
「ええと・・・・」
と自分の後ろにある几帳の方へ視線を走らせたかと思うと意を決したように
「では、お話しましょう。文にも書いたように私の命を狙うものが近くに潜んでいると思うのですが、その理由は・・・実は過去に思い当たる出来事があったからなのです。」
と次のような話をし始めた。
(その2へつづく)