相即不離の色香(そうそくふりのいろか) その6
若殿は続けて
「藤原利仁が色と香りの組み合わせに異常なこだわりと法則があることを理解していたあなたは覆面男の狩衣と薫物の組み合わせから藤原利仁だとわかったんですね?他の人では理解しがたい藤原利仁の色と香りの関連付け能力はあなたにもあったんじゃないですか?だから覆面男が藤原利仁だと疑わず結果的にそれは正しかった。」
と言いながら輔子から目を転じて藤原利仁を睨み付けた。
えぇ~~?何?自作自演なの?自分で覆面付けて別人のフリして輔子の元へ通って、浮気しただろ!と責めるっていったい何がしたいの?刺激を求めて方相氏の面をつけて鬼とナニするのを楽しんだ恋人たちは過去にいたけどソレみたいなもん?とビックリした。
藤原利仁は冷や汗をかき口をアワアワさせ
「・・・そんな!他の人は色と香りを同時に感じないんですか?なんてことだ!知らなかった・・・・輔子はいつも同意してくれたから皆同じだと思っていた。」
と落ち込んだ。
「色と香りなど別の感覚が関連を持ち同時に発生する感覚(共感覚)は万人が持つ能力ではありません。あなたと輔子さんがたまたま持ち合わせたという意味ではお似合いでしょう。なぜそこまで気の合う輔子さんの気持ちを他の男のふりをしてまで試そうと思ったんですか?」
と若殿が眉を上げ興味を持ったように尋ねると藤原利仁は苦痛の表情を浮かべ
「輔子が私だけを愛しているかを知りたかったんです。他の男が言い寄れば誰にでも靡くなら私でなくてもいいということです。今までずっと武芸に打ち込み他のことには見向きもしなかった。学才も見識もなく友人も少ない。女性を喜ばせる術も知らない。こんな私を輔子がこの先ずっと愛してくれるかどうかを試したかったんです。」
私は思わず
「でも結局、覆面男と浮気したじゃないですか?いいんですか?最悪の結果じゃないですか!」
輔子が御簾の向こうから急に大声を出し
「いいえ!私は最初から利仁さまだと思っていました!浮気などしていませんっ!利仁さまが何かの理由があってあんな恰好をするなら、その理由を打ち明けてくれるまで待っていようと、何があってもありのままのあなたを受け入れようと決心していたのです。だって・・・・私たち二人のこの先は長いのですから。」
と言って藤原利仁に向かってほほ笑んだ。
藤原利仁はバッと顔を上げ輔子を見つめ喜びが顔じゅうに広がり
「ありがとう!馬鹿な真似をして本当にすまなかった!」
と御簾を撥ね上げ中に入り抱き合った。
私と若殿は顔を見合わせ、居心地が悪いことをお互いに確認し、若殿が
「では、我々は失礼します。」
とペコリと頭を下げ立ち去った。
帰り道、気になっていたので
「藤原利仁は別人に成りすますために普段着ないような狩衣と薫物をとっかえひっかえしてたんですかねぇ?官位は地味ですが荘園からとか収入は豊かなんですかね?」
若殿が首を横に振り
「いや、商売上手で羽振りがいい泉丸がなりすましに手を貸していたんだろうな。友人だと言ってたし藤原利仁を味方に付ければ将来役に立つと見込んでいるのかもしれない。」
武芸に秀でた人に目をつけ将来出世すれば何かを手伝わせるとなると不穏な事しか思いつかないが大丈夫かな?と今から心配しても仕方ない。
そういえば、色と匂いのような別の感覚が同時に生じるという現象が一体どんなものだろう?と気になって
「文字に色がついて見えるとか音を聞くと色が思い浮かぶとかですかね?楽しいんでしょうか?体験してみたいですよね~~~!」
天に敷き詰められた黒い雲の切れ間からのぞく、明るくその周囲だけが影を白く塗りつぶすような太陽の光を若殿は目を細めてながめ
「う~~ん、でもそれは誰にでも普通にある感覚じゃないかな?
例えば、美しい景色をみると無意識にある人の顔が思い浮かび一緒に見たかったなと思うとか、耐えがたい苦痛を感じるときにその人の顔を思い浮かべると耐える気力が湧くとか、藤原利仁の脳内で色と匂いが結びついているように、私の喜怒哀楽には切り離せないただ一人の存在がいるが、お前はそうじゃないのか?」
と不思議そうに言った。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
好奇心をもつことが一番の学習法という意味は面白いっ!楽しい~っ!という『感情』が生じるからですかね~~?
時平と浄見の物語は「少女・浄見 (しょうじょ・きよみ)」に書いております。