相即不離の色香(そうそくふりのいろか) その5
輔子の屋敷につき出居に通されると、ちょうどいい(?)偶然で藤原利仁も御簾の前に座っていて何を話すでもない居心地の悪そう~~な気まず~~い沈黙が立ち込めていた。
『藤原利仁はついに輔子に浮気を直接問い詰める決心をしたのかな?』
と二人の会話に興味津々で耳をそばだてたが、どちらもどれくらいの時間そうしているのかわからないが一言も発しておらず、我々が到着したときは少なくとも藤原利仁は険悪な表情でむっつりと胡坐をかき腕を組んで御簾に対して横向きに座り輔子を斜に見て黙り込んでいた。
藤原利仁は勇猛果敢な武人と言う言葉から想像されるような濃い眉やごつごつした顔つき体つき!ではなく、意外にも公卿あるあるのようなうりざね顔で眉毛も薄い、髭も薄~~いちょび髭が鼻の下と顎にチョロっと生え、鼻が少し鷲鼻の全体的にはひょろっとした体型の色白な男性だった。
まるで遊び人貴族のように表地(上側)が黄色、裏地(下側)が薄青(薄緑色)からなる『枯野』色の狩衣に嗅いだことのない香を焚き染めてお洒落してる様子は敵を蹴散らす武芸の達人という想像と合わなかった。
若殿が藤原利仁と向かい合って座についたのをみた藤原利仁が
「あぁ!やっと来ましたか!間男が誰か分かりましたか?私もさっきここに到着したんですがね。」
若殿はいつもと違って皆目見当もつかないという様子で困った顔で
「それが、お手上げです。ある神社で覆面男の衣に縫い付けてもらった糸が途切れてしまってね。誰もいなかったので手掛かりも得られませんでした。」
私がボソッと
「じゃあ祭神ですよ!白い蛇か狐ですきっと!」
と若殿の後ろで呟いたが藤原利仁には冷たい一瞥をくれられただけだった。
藤原利仁は場をつなぐためか何気なく若殿に向かって
「その狩衣は氷の重ね色目ですか?しかしその白縹(青みを含んだ白色)にはその薫物は間違っているでしょう?その香は丁字香(香辛料のクローブ)をもっと効かせた落葉であるべきです。そのように麝香を強くしては気分が悪くなりませんか?」
(*作者注:落葉(薫物の名。沈香・丁字香・甲香・麝香、他数種の香を混ぜあわせたもの。六種の薫物の一つ。冬に用いる。))
と怪訝な顔で聞く。
若殿はキョトンとしてるが私はもっと呆気に取られた。
だって香と狩衣の色の取り合わせなんて気にしたことないし、若殿が一応冬の香りである落葉を焚きしめてたのも今初めて知った。藤原利仁ってこだわりの強い人だったのねと感心。
若殿が不思議そうに
「色と香りには関係があるんですか?白は丁字香という風に?」
藤原利仁は『当たり前だ!』と驚いた顔で
「何を言ってるんですか?決まってるでしょう!色とあわない香りを嗅ぐと気分が悪くて耐えられません!例えばこの黄色には藿香を強調しなければ吐き気を催します。そういうもんでしょう?当然のことですよ今更何を言ってるんですか?」
とあきれ顔をした。
えぇ?色と香りが合わないとそんなに大変なの?吐き気がして耐えられないくらい?でもそんなこと経験したことないけどなぁ。当たり前なの?知らなかったけど。匂いが強すぎると気分が悪くなるけど、色と匂いの取り合わせが悪くて吐き気がするということはないなぁ。そこまで敏感って生きづらそうだなぁ~~と同情した。
若殿は眉根を寄せジッと少し考え込むと何かをひらめいたようにハッと表情が緩み
「そのこだわりを話し合ったことがあるのは輔子さんと『だけ』じゃないんですか?他の同僚と話し合ったことは無いんじゃないですか?」
藤原利仁は何かに気づいたようにビクッとし
「そういえばそうです。もしかして・・・・」
若殿はニヤリと口の端で笑い御簾の中の輔子に向かって話しかけた。
「だからあなたは覆面男が藤原利仁だとわかったんですね?」
(その6へつづく)