相即不離の色香(そうそくふりのいろか) その4
それから数日後、輔子から『覆面男に例の仕掛けをした』という文が届いたので我々は輔子の屋敷に駆け付けた。
さて『例の仕掛け』を勿体ぶったが何のことはない『古事記』にある『活玉依毘売が処女で妊娠したことにその両親が怪しんで、赤土を床の周りにまきちらし麻糸を針につらぬいて、ひそかに通ってくるという立派な男の着物に刺すように教えたところ、朝になるとその麻糸は三輪だけを残して鉤穴を抜けており、それをたどっていくと三輪山の神の社にとどまっていた』と言うそのままの方法で、輔子が覆面男に縫い付けた麻糸を若殿と私はたどっていっただけ。
その麻糸は屋敷を抜け、大路をしばらく進み小路を何回か曲がるとある神社に入ったところで切れていた。
神社のくすんだ朱色の鳥居を抜け数段の崩れかけた石段を上る途中、背中から参道奥へ向かって冷たい風がビュウと通り抜けた。
私のむき出しの耳や鼻先やぷっくりとした頬はすでに寒さで真っ赤になっていたが、その冷たい風は皮膚を凍てつかせた上に背筋から全身にゾクゾクとした寒気をもたらし思わずブルっと身震いした。
若殿はその神社の社務所を訪れ宮司に話を聞こうとしたが社務所は無人だった。
社務所だけでなく本殿や手水舎周辺やその神社のどこにもに人の気配が無く、何百年も刈り込まれず手つかずのまま育った神聖な木々が突然受けた強風にザワザワと枝を揺らしながら何かを訴えているような白昼夢にとらわれた。
偶然にも『古事記』のように神社で糸が途切れた戦慄を打ち消すように強がって茶化す口調で
「本当にこの神社の祭神が覆面男に化けてたら凄いですよね~~!たしか大和国の三輪山の話は『倭迹迹日百襲媛命は大物主神の妻になった。しかしこの神はいつも夜にしか姫のところへやって来ず姿を見ることができなかった。百襲姫は夫にお姿を見たいので朝までいてほしいと頼んだ。翌朝明るくなって見たものは夫の美しい蛇の姿であった。百襲姫が驚き叫んだため大物主神は恥じて三輪山に帰ってしまった。百襲姫はこれを後悔して泣き崩れた拍子に、箸が陰部を突き絶命してしまった(もしくは、箸で陰部を突き命を絶った)。』というので、ここの祭神の化身の白蛇とか白狐とか白狸とかが人間に化けて女性の元へ通うとかならテンション上がりますよねぇ~~」
と異類婚姻譚嗜好を思わずポロっと曝露してしまった。
本当にいたら怖いな~~と思いながらも原始の大木の並ぶ木陰に白蛇や白狐の姿をキョロキョロと探してしまった。狐狸なら本殿の床下にも潜んでいそう。
私がこの神社の隅から隅まで歩きまわって白い生物を探しましょう!と言い出すのを警戒した若殿が苦い顔をして
「輔子の屋敷へ戻って収穫が無かったことを報告しに行こう」
と言うので渋々歩き始めた。
輔子の屋敷の前にさしかかると『秘密集会』の主催者で謎の青年・泉丸の姿があった。
思わぬところで知り合いにあった嬉しさに
「アレ?どうしたんですか?こんなところで!」
とはしゃいで声をかけると泉丸は明らかに『しまった』と言う表情で
「あぁ!竹丸と頭中将か。ええと、友人に頼まれて婚約者のことでちょっとね。」
と言うので若殿と顔を見合わせ私が
「藤原利仁ですか?若殿も頼まれたんで、調べてたんですが、その間男の行方がこの先の神社で途切れたんです。」
泉丸が訳が分からないという顔をしたので今までの経緯を簡単に話した。
泉丸は急に晴れ晴れとした笑顔になり
「頭中将がいるならその間男もすぐ見つかるだろう!はっはっは!私のでる幕じゃないね!じゃあコレで!さよならっ!」
となぜか逃げるようにそそくさと立ち去った。
若殿も考え込んでいるので
「藤原利仁と泉丸は知り合いだったんですか?藤原利仁は若殿の親戚ですよね、ちょっと遠いけど。泉丸も藤原利仁と友人ならどんなつながりがあるんでしょう?」
若殿が何か思いついたようにニヤリと笑い
「藤原利仁は武芸に優れていて蝦夷征討に名を上げた坂上田村麻呂に並ぶとも劣らぬ武官になるだろう逸材ともいわれているが、その藤原利仁と泉丸の組み合わせか。やはり東国がらみかな。」
と呟いた。
う~~ん、『婚約者が浮気してるかもぉ?でも別れたくなぁい~~~!』と神経質にウジウジ悩む人が勇猛果敢な武人なの?とちょっと違和感とどんな人?と興味が湧いた。
(その5へつづく)