相即不離の色香(そうそくふりのいろか) その3
御簾越しに輔子が息をのみ困惑した気配が伝わり
「あの・・・実は、利仁様だと思ったのです。だから体を許したのです!確かに本人にあなたは藤原利仁様ですね?とは尋ねませんでしたが、その、そういう雰囲気ではハッキリさせませんでしょ?でもあの方だと思ったからこそ・・・・」
と黙り込んだ。
なるほど~~~。それなら納得だけど、やっぱり大事なことは事前にお互い確認してからでないと後で問題になるよね!例えば『あなたは未成年じゃないですよね?』とか『既婚者じゃないですよね?』とか『周囲の取り巻きに無理強いされたって訴えませんよね?』とか『後で怖いお兄さんがでてきて銭を要求したりしませんよね?』とかをその場のいい雰囲気に流されず、しっかり確認して、何なら念書に判をついてそれからナニするのが正解?・・・雰囲気もへったくれもないが。
若殿が難しい顔をして
「では、その男の身元を突き止める方法を教えましょう。今度通ってきたらそれを仕掛けていただいて、私に連絡をくださればその不届きものの身元を明かして見せましょう。」
とその方法を輔子に伝授していた。
次に若殿は使用人に会い、その間男の風貌を尋ねると、侍女が
「藤原利仁様ではないんですか?ではなぜ覆面をしてらっしゃるのかしら?どこかの高貴なお方が姫様に恋焦がれていらして身分を超えた愛を貫こうと忍んで通っていらっしゃるのかしら?でも覆面をする必要はないわよねぇ・・・。今上帝?ならありうるかしら?」
と夢見がちだがあの宇多帝なら身分違いを気にするほど繊細ではなさそう。惚れた女性の身分が低くても気にせず地顔まるだしで何なら権力にモノを言わせてガツガツ言い寄りそう。
・・・まぁ周囲に振り回されない強い自我をお持ちだと言いたかったのであって、決して主上に不敬なワケではっ!
若殿が
「服装や持ち物は?高貴な方のようでしたか?」
侍女は大きくうなずき
「はい~~!そういえば、毎回違う色の狩衣をお召しになり、違う匂いの香を焚きしめていらっしゃるので、よっぽど贅沢な暮らしをしてらっしゃると思っておりました。それにしては扇や烏帽子や袴は普通の仕立てでしたわねぇ。どういうことかしら?もしかして全員違う男性なの?でもなぜ覆面を被ってらしたのかしら?姫様が藤原利仁様だというのですっかり信じ込んでいました。」
と考え込む。
その他の使用人に話を聞いてもそれ以上のことは出てこず、若殿が輔子に伝授した犯人捕獲法が上手くいくことを祈るばかりだった。
数日後、若殿は話し合いの内容を藤原利仁に伝えると以下のような反応だったらしい。
「何?その男が私だと思っただと?私と輔子は御簾越しにしかあったことがないのに、なぜ輔子はそう思ったんだ?それに私が毎回狩衣の色を変えるほど軽薄で浅はかな好色漢だとでも言うのか?はっ!荒唐無稽だなっ!そんな女だと思わなかった!間男を通わせた言い訳に『私だと思って体を許した』だと!?なんて女だ!淫売めっ!」
と怒り狂ったらしい。
「そんなに嫌なら結婚しなければいいじゃないか。結婚前に輔子がそういう女だと分かり無駄な時間を過ごさずに済んでよかったな。別れようと文でも送ればすべて解決だな!」
と若殿が真顔で言ったらしい。
私はあきれ顔で
「あのねぇ~~これだからまともに恋愛したことのない人はダメなんですよぉ~~。そんなに簡単に惚れた女をあきらめられたら世の中に失恋の苦しみなんて存在しませんよぉ~~。藤原利仁は若殿に輔子は浮気なんてしてないと確かめてほしかったんでしょう?何かの間違いだと言ってほしかったんでしょ?でなければ次があるさ!と慰めてほしかったか。」
若殿が不思議そうな顔で頷き
「そうなんだ。あきらめるだろうと思ったのに藤原利仁は熱心に『その男の他には通わせていなかったのか?その男を愛しているといったのか?』と自分の傷口を広げるようなことを聞いてきたから、もうすぐその間男は捕まるだろうと言っておいた。」
私はあの方法が本当に上手くいくのかワクワクと楽しみになり
「細工は流々あとは仕上げを御覧じろってわけですね!」
とにっこり微笑んだ。
(その4へつづく)