秘密集会の帷(ひみつしゅうえのとばり) その6
若殿が『はぁ~』とため息をつき
「口から泡を吹いていたのは胸に水が溜まっていたせいで、かつ下肢がむくんでいたのは慢性の心不全が疑われ、その藤原色錠が過度の興奮と激しい運動の末、心臓の虚血性発作を起こしたいわゆる『腹上死』ですね。」
・・・はぁ??何ソレ?犯人は?結局、誰が殺したの?腹の上で死ぬって何?と疑問でいっぱい。
泉丸はホッとため息をついたがすぐに嫌悪の表情で
「あぁ~~迷惑だなぁ。運が悪いよ。ちょうどここで死ぬなんて!家人を呼び出し通ってる恋人の家で亡くなったと告げます。弾正台に知らせなくてもいいですね?」
若殿は不機嫌そうにムッとして
「今回はいいですが、今後も続けるんですか?他に問題が起こったらどうするんですか?せめて余興を変更すると誓わないと弾正台には黙ってはおれませんが?」
泉丸はあきらめたように、でも少し茶目っ気をだして手を合わせて上目遣いに
「ねぇっ!お願いしますよ~~!関白様にもお安くしますし!」
「ダメだ!せめて余興は物語の朗読だけだっ!」
と厳しく命じると泉丸は渋々『ハイハイ』と頷いた。
帰り際、東門まで送りにきてくれた泉丸に若殿が振り返り不意に
「あなたの本当の名前は?普通の貴族の子息ではないんでしょう?その若さでこの屋敷とこの集会全てを手配し、蝦夷や渤海人とのつながりもあるなんて。この秘密集会の目的も銭目当てではないでしょう?目的は情報ですか?東国あたりの?それともここは現在不穏な東国の官人たちとの密談のための場所ですか?」
泉丸は面食らったように目を丸くした後、目を細め眉根を寄せ
「さすが頭中将。兄上から話はかねがね伺っていますがなかなか聡いですねぇ。御見逸れしました。目的?は言う義務はないでしょう?今はまだ・・・ね?時が来ればいずれ分かるかもしれません。」
と片方の頬で笑いながらつぶやいた。
う~~ん意味深な会話。結局、泉丸は誰?分かるときがいつか来るの?来ないの?
帰り道、私は気になったので
「泉丸が怪しいと思ったのはなぜなんですか?誰なんですか?」
「誰かは定かではないが、私が関白のと言っただけで弟もいるのに名乗らないうちから頭中将と呼んだ。顔を知っていたという事だ。集まった客も東国の国司を以前務めたり希望している裕福な者たちが多かったからな。」
「『イカリソウ』って何の薬だったんですか?毒じゃないんですか?」
若殿は急に少し照れて頬を掻き
「あぁ、あれはな唐名『淫羊藿』といってな『ヒツジがこれを食べて1日に100回も交尾するくらい精力絶倫になったという伝説』がある薬草だ。藤原色錠はそれを大量に服用し、男性力を増強したのはいいが、興奮しすぎて自分の心臓が持たなかったんだろうな。(*作者注:バイアグラと共通のホスホジエステラーゼ(PDE)-5阻害作用がかなり弱いがあるそうです。)」
へぇ~~~。自分の興奮で死ぬことがあるなんて怖いなぁ。そんなに怖いことをなぜするんだろう?死ぬほど楽しいのかな?
「人魚の肉は何の肉なんですか?本物ですか?オオサンショウウオじゃなく?」
「『トッカリ』ともいうアザラシのことで蝦夷が狩猟する獣だ。脂身が多いことと生臭いのが特徴らしい。藤原色錠は人魚の肉を食べても腹上死したということは不老長寿の効果がないことを一夜にして証明したな。」
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羊の精力を見て人間にも効くだろうという推測は合ってたようですが、今の化学合成された薬はピンポイントの有効成分も多いので需要が多いんでしょうけど、昔の苦い成分も入ってる薬草はそんなに需要はなかったんでしょうかねぇ。
時平と浄見の物語は「少女・浄見 (しょうじょ・きよみ)」に書いております。